第13話 初詣と美咲

「あけましておめでとうございます、パパ」


「うん、あけましておめでとう美咲」


 正月元旦の朝、美咲の優しい声で目が覚めた。新年早々可愛い女の子の顔を間近で見られて僕は幸せ者だと思う。ただ一つ不満があるとすればこいつ勝手に僕の布団に入ってきてやがる。どういうつもりなんだろうか。まさか15歳にもなって父親と一緒に寝たいとか思うはず無いし、なにより僕も健全な16歳の男子なわけで。

 つまり何が言いたいかというと、この状況が凄く気まずいってことだ。だって美咲のヤツ下着姿なんだよ? 真冬なのに意味分かんないよね、頭おかしいのかな。



「あ、今胸みましたね……エッチ♪」


「この状況なら美咲が見せないように努力するべきじゃないかなぁ。というかなんのつもりなのこれ」


「年越し前にパパが寝ちゃったからせめて元旦は一緒に起きたいなって思ったんです。どうです、びっくりしました?」


 なるほど、どうやら未来の日本では父親の布団に裸同然の姿で潜り込むのが正月の風習に加わっているらしい。何言ってるんだこいつ。頭の中に少年誌に載ってるようなラブコメ知識しかないのか。むしろ未来の僕がどんな教育してきたのかが怖くなってきたよ。



「変なことしてないで早く出なさい」


「え~そんなこと言わないでくださいよ~。それとも、パパが無理矢理どかせてみます?」


「っ……」


 美咲は大胆にも両手を僕の背中に回し、顔を近づけてきた。あとちょっと僕がかがめばキスできてしまいそうな距離だ。冬の冷気のせいでお互いの吐息が白く、混ざり合っている。なんだかいけない雰囲気になりつつあるので、僕は強引に美咲を布団の中から追い出す。



「やん! もーつれないなぁパパったらぁ」


「それで釣れたら僕は一発逮捕だと思うんだけど、そこのところどう思う?」


「娘と父親が親子の愛を確認し合うだけじゃないですか。やましいことなんて何にもありませんよ?」


「僕からすれば君はただの女の子でしかないの。ただでさえ椎名さんに似てるっていうのに……」


 しまった。つい愚痴が漏れてしまった。今のは余計なひと言ではなかっただろうか。未来の娘である美咲と椎名さんを比較するのはなんていうかこう、あまりよくないことな気がした。

 だが美咲はけろんとした顔で、特に気にした様子はなかった。もしかすると普段から母親と似ているといわれ慣れているのかも知れない。実際の所は僕には分からないけど。

 そういえば美咲はせっかくこの時代にやってきたというのに、僕は受動的な態度ばかりであまり積極的に美咲の話を聞いてやってないな。話半分というか、半信半疑なところが現状だ。



「また難しい顔してる」


「触るなよ」


「いーえ、触ります。考えすぎはよくないですよ?」


「ははは、美咲といると悩みとかすぐ吹っ飛ぶな」


「えへへ、それ褒めてますよね? パパに褒められて嬉しいですっ!」


 この笑顔を見たら、自分が何を考えていたのかすっかり忘れてしまう。美咲は人を励ます天才なのかもしれない。



「あ、そーだ。私、パパと行きたいところがあったんです!」


「行きたいところ?」


「決まってますよぉ。正月といえばあそこです!」



 ◆



「うわ~人がいっぱいですねぇ~! でもなんでみんなマスクをしてるんですか?」


「色々あったんだよ、去年……いや一昨年にさ。流行病でね、マスクをするのが一種のマナーみたいになったんだ。最近はワクチンの影響もあって、徐々にその流れも廃れてきたけどね」


「へぇ~パパの学生時代って大変だったんですねぇ」


 本当に大変だったとも。あれほど死ぬ気で試験勉強したのに、試験日の延期やら当日のバスの遅延といったトラブルに見舞われてさ。そもそも中学三年は流行病のせいでろくに授業も出来なかったし、部活生なんかは強制的に引退させられて可哀想だった。なんていうか、世間の価値観が変わった年だったと思う。



「あ、前の人がいなくなりましたよ。次は私たちの番みたいです」


 僕らは賽銭箱に小銭を投げ込み、三礼三拍手一礼をして願いを込める。美咲も戸惑うことなくスムーズに同じ動作をしていた。きっと慣れているんだろう、未来の僕とも何度か神社に来たことがあるのかな。

 僕が父親だったら、小さい美咲に出店の食べ物をいっぱい買ってあげてしまいそうだ。それを見たお嫁さん……きっと椎名さんに甘やかさないように怒られたりするんだろう。



「さて、終わりましたね。パパはなんてお祈りしたんですか?」


「……秘密。まずは美咲から話してくれ」


「私はいつも通り、パパとこれからもずっと一緒にいられますように……です」


「そのパパは一体どっちのことやら」


 未来の僕か、それともここにいる僕のことか。



「パパはパパです。時代が違ってもそれは変わりません。私の大好きな、優しくて素敵な遠矢さんですよ」


「そっか。まぁその、僕も似たようなことを願ったんだ。美咲の願いが叶いますようにってさ。ちょっと臭かったかな」


「ううん、そんなことありません。パパの想いが美咲にいっぱい注がれてて、すっごく嬉しい……」


「そんな大真面目に受け取られるとこっちも照れるんだけど……」


「あ、また照れてます? パパってば本当にかわいいですね~」


「うわ、やめろ! 抱きつくなよこんなところで! おい美咲……ってあれ」


 美咲に絡まれている間に僕の横を通っていった人影に、僕は驚いた。だってそれはクラスのアイドル椎名さんで、当然目が奪われるわけで……。その隣には僕の誕生日パーティに来ていたタクヤとかいう男も一緒にいたのだから。



「美咲……あれ……」


「ん? 何か面白い物でも見つけましたか?」


「ほらあそこ! 椎名さんだよ、それにタクヤって人も! どうするんだよ、どうしてあの二人が一緒に初詣に来てるんだよ!」


「見間違いではないですか? ほら、よく言うじゃないですか他人のそら似って。パパったらママのことが好きすぎて関係ない人まで見間違えるんですか? 節操なしですねぇ」


「いや、そんな……はずは……」


 見間違いだったのか? 確かにしっかりと顔を確認したわけじゃないけど。でもあの後ろ姿は間違いなく椎名さんだと思う。僕の教室の席は椎名さんの斜め後ろで、授業中よく彼女の後ろ姿を眺めていたから。

 でもどうして? あの日美咲がタクヤと椎名さんの接触を避けてくれたはずだ。正確には顔を合わせてるけど、タクヤは美咲に夢中だったはずだし、椎名さんには矛先は向いてないはずなのに。



「どういうことなんだ……?」


「パパ。大丈夫ですよ。どんなことがあっても、パパは私が幸せにします。私はパパと・・・幸せになります。だから何も考えなくて良いんです。……ね?」


 美咲の光る瞳に吸い寄せられて、その内椎名さんたちのことは頭の片隅に追いやられてしまった。僕はさっきまで何を焦っていたんだろう。美咲の幸せが一番なのに、些細なこと・・・・・に気を取られて。



「さ、お参りもしましたし帰りましょうか」


「……そうだね。帰ろうか」


「帰りにたぴおかみるくてぃーって言うのが飲みたいです。この時代で流行ってたんですよね?」


「それ、もう廃れ始めてないかなぁ」


 可愛い娘と初詣をして、帰りに二人で色々な店を見て回る。これ以上に平和なことがあるだろうか。今年は一年間、いいことがいっぱいありそうな気がする。美咲を見ていると、そう思うんだ。

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