第12話 美咲と年越し前夜

「ねぇパパ、私あれ欲しい!」


「駄目だよ、この前クリスマスプレゼントをサンタさんから貰ったばかりだろ?」


「えー。じゃあお年玉で買うもん」


 ショッピングモールのおもちゃ売り場で女の子と父親が微笑ましい会話をしていた。未来の僕も美咲とあんな風に親子の会話をしていたのだろうか。もしそうなら、僕はきちんと親らしいことを美咲にしてあげたのかな。高校生である今の僕には、親の気持ちがよく分からない。



「どうしたんですかパパ?」


「いや、なんでもないよ。それより今日はどうしたんだ、買い物なら近所のスーパーで出来ただろう?」


「いいじゃないですか。私だって女の子なんです、たまにはこういう場所でショッピングしたいの」


「そういうもんかなぁ」


 今日は美咲から買い物に誘われ、家から30分も離れたショッピングモールまでやって来た。まったく、この時期は人も多いから移動も大変だというのに。色んな店を見て回るのは僕も好きだからいいけど。去年は流行病のせいで年末は外出を自粛してたっけ。



「美咲は何を見たいんだ?」


「ふふ、ちょっと服を買いたいなって思いまして」


「そういえば着替えもなかったもんな。今は僕のジャージとかお古を着せてるけど、流石に女の子がそれだけじゃかわいそうだ」


「そうですよー。こんなに可愛い美少女がお着替えしないなんて勿体ないです。衣装が少ないのは作画コスト的には楽ですけど、そんなのは制作側の都合ですからね」


「途中から別の話に変わってない?」


 というか自分で美少女って言うのか。いや確かにまごう事なき美少女ではあるが。なんたってクラスのアイドル椎名さんと瓜二つなんだ。さっきからすれ違う人が振り返って美咲を見ることが何回かあった。それくらい可愛いのは間違いない。

 実感はないけど、未来の僕も自分の娘がこんなに可愛かったらさぞ自慢に思うことだろう。逆にモテそうだから過保護になる可能性もあるかもしれない。現に椎名さんはタクヤという男に騙されて美咲を身後蒙古とになるという話だ。


 昨日の誕生日会で未来の関係者たちの話を聞いて、僕の中でひとつの考えが生まれていた。それは美咲の思う幸せな未来を実現してやらなければという強い思いだ。椎名さんもあんな男と結婚することもなく、普通の幸せを手に入れて欲しい。昨日だけじゃタクヤという男がどれほど酷いことをしたのか、まだ分からない。でもこの世界では椎名さんに近付くことだけは阻止したほうがいいと思う。



「パーパ。何難しい顔してるんですか~」


「そんな顔してたの僕?」


「パパっていっつも考え事する時、眉間にぎゅーってしわが寄るんです。若い頃からそんなことしてたらおじいちゃんになった時、深いふかーい溝になっちゃいますよ~」


 美咲が僕の眉間をもみもみとほぐす。なんだか子供をあやしてるみたいで恥ずかしい。僕は美咲の手をはらうと美咲は舌を出して笑っていた。ひとつひとつの仕草から可愛さが溢れ出している。椎名さんそっくりなのに、その性格は全くの真逆だ。男子の喜びそうな行動を熟知しているみたいだ。



「どうせ昨日のことを気にしてるんでしょ。大丈夫ですよ別に」


「大丈夫って何がだよ。あのまま放っておけば美咲のいた未来と同じことになるんだぞ」


「もしかして私のこと気にしてくれてます? あはっ、パパって結構ツンデレですね。嬉しいっ」


「腕に抱きつかないでよ。周りの目もあるんだからさ」


「耳、赤くなってますよ? 照れてるんですね、かわいい♥」


 バレバレか。美咲のヤツ、僕のことを熟知してるな。これも全部未来の僕が美咲のことを甘やかしたからに違いない。呪うぞ未来の僕、お前のせいで今凄く恥ずかしい状況になってるんだからな!



「ねぇパパ、私あそこのお店に入りたいな~。一緒に入ろ?」


 美咲はとある店舗を指さした。そこは僕が普段入るような店と違い、きらびやかな雰囲気が出ていてあからさまに女性向けといった感じのコーナーだった。というか……



「し、下着売り場じゃないか! 無理ムリ僕は絶対無理だから!」


「下着売り場じゃなくて、ランジェリーショップですよ。大丈夫ですって、カップルで買いに行く人だって多いんですから。少なくとも私の時代は」


「この時代でもそうだけど僕らカップルじゃないだろ!? 僕はここで待ってるから美咲一人で行ってきなよ!」


「大丈夫、私たちは端から見たらただの高校生カップルですから。ね、パパ。美咲に似合う可愛い下着を選んで♥」


「本気か美咲! 僕をあの魔境に連れて行こうって言うの? うわ引っ張るなよ腕の力つよっ!」


「わーい、これでパパに可愛い下着見せられる~♪ さーてどれを選ぼっかな~」


「ひぃぃぃ~女子力高そうなオーラが店内に漂ってるう!」


 その後美咲の試着を見せられたり、えり好みをして選んだ結果二時間近く下着選びに付き合わされる羽目になった。



「ほらこの黒のレースとかどう? 大人っぽいかな~」


「うわ、見せるなバカ!」


「パパってこういうピンクに黒のストライプ入ってるの好きですよね。どうかなぁ」


「だから見せるなってもぉぉぉ!」


 正直に言うとめちゃくちゃ興奮した。でも未来の娘と考えると冷静になってしまい、自己嫌悪が凄かった。いわゆる賢者モードってやつだろうか。


 美咲との買い物は大変だったけど、終わる頃には昨日のことなんてすっかり忘れてしまっていた。もしかすると今日の買い物は美咲なりの僕へのフォローのつもりなのかな、なんて思ったりもした。もしそうだとすると、僕の娘は随分と気の利く子だ。人の誕生日に衝撃のゲロマズ情報を突きつけてきた張本人なんだけど。


「パパ、いっぱい買ってくれてありがと~♥ 今夜楽しみにしててね!」


「いや見るために買ってあげたわけじゃないからね」


「それでも嬉しいです。ありがと、パパ」


 喜ぶ美咲の姿を見て、こんな年の暮れもいいもんだなって思ってしまった。やっぱり僕ってチョロいんだろうか。

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