第10話 人生最悪の誕生日

 12月29日――僕の誕生日だ。


 でも誕生日だからって特別な感情とかはないんだ。なぜなら久遠家ではクリスマスと正月の間にあるという理由で、家族からぞんざいに扱われている。正月に一緒に祝えば良いでしょ! って感じだ、実際はクリスマスケーキとかプレゼントやらを貰い損ねているんだけどあまり文句は言わなかった。

 だが今年のクリスマスは少し違うらしい。どうも最近美咲が色々とひとりで買い出しを勧めているというのだ。我が娘ながら働き者な子だなって思う。きっと普段がだらしないけど根っこは真面目に違いない。そういうところは椎名さんに似たのかな。



「なぁ、僕も手伝った方がよくないか? 美咲に任せっぱなしってのはちょっとさ」


「いいからいいから! パパは主賓なんだからどんと構えてれば良いの!」


「そ、そんなもんなのか? 誕生日パーティって開いてもらったことないからさ」


 言っておくけど同情が欲しいわけじゃない。年末年始で親が忙しいのは理解してるし、子供の誕生日より親戚と会う正月の方に気が向いてしまうのも当然じゃないか。だから僕は寂しくなんか無かった。むしろついででも祝ってもらえて感謝してたくらいなんだ。

 でも正直、一度くらい僕のための誕生日パーティってものを開いて欲しかったっていうのは幼心にあった。もう16歳なんですけどね。でも未来の娘が頑張ってくれてるなら、それを受け入れるのが僕の仕事だ。今日はメインキャストとして精一杯楽しもう。



「あ、玄関から誰か来たみたいですー。パパ、出てくれますか~」


「うん、分かったよ」


 出かけにいっていた父さんかな、母さんだろうか。もしかしたら帰省してきた姉さんかもしれない。久遠家に来客なんて滅多にないから、間違いなく身内だとは思うけど。



「はい、今開けまーす……っ!」


 玄関の扉を開けて僕は戦慄した。扉の前には椎名さんがいたからだ。しかもその隣に僕の幼馴染である加藤怜までいるじゃないか。最近は話すことも少なくなってきたのに、どうして? そして最後に謎なのが椎名さんの横にいる何やら親しげな男子はどこのどなた? この人だけ完全に場違いなんですが。



「お誕生日おめでとう久遠くん、お家にあげてもらっても良いかな?」


「も、もちろんだよ! ちょっと待ってて、今スリッパ用意するからっ」


 普段客なんて来ないからどこにスリッパを閉まったかな。そもそも久遠家にスリッパなんてあったか? みんな裸足派閥な気がするけど。僕は背後からの『寒いから早くしろ』オーラ圧されて大慌てでスリッパを用意した。

 客人は一様にスリッパを履いてリビングへ向かっていく。その時に幼馴染の怜が少し気まずそうな表情で僕に話しかけてきた。



「あの、久しぶり……だね」


「そうかもね。中学卒業以来だから9ヶ月くらい会ってなかったっけ」


「ぼくが遠矢と9ヶ月も会わないなんて今までなかったのにね。やっぱ別々の高校に行くとこういう風に離ればなれになっちゃうんだ」


「まだ高校でも続けてるのか? そのぼくって言い方」


「うん……ぼくにはこれがないと、ちょっとつらいから」


 怜は小学校の頃に男子に男より男らしいゴリ女と馬鹿にされていた時期があった、その時仲がよかった僕も当然からかいの対象にされたんだけど、僕は全然気にしなかった記憶がある。周りの目を気にしないからかなぁ、だから高校でボッチになっちゃうんだけど。


 怜が精神的に参っている時に僕は怜に『男より格好いい女になればいい』というアドバイスをあげた。アドバイスというよりは自分勝手な言葉だよね。でもその言葉を信じるようになって怜は女子からは慕われて、男子からはちょっと気になるあいつ的ポジションに落ち着くことが出来た。

 その時使っていた口調が「ぼく」、どうやら僕の真似らしいけど参考例が男らしくないのはどうかと思うんだ。もっといい人いただろうに。



「怜が今の自分に満足してるんなら、それでいいんじゃないかな。僕も怜にはつい頼ってしまいたくなるしさ」


「それなのに半年以上連絡寄越さなかったのは幼馴染としてショックだね」


「それはホラ! 流行病とか色々あったじゃん! 俺も希望校じゃないところで色々大変だったんだよ」


「ふふっ、分かってる。遠矢は人との絆を簡単に投げ出すような人じゃないってこと、ぼくは知ってるから」


 中性的な美人にミステリアスな微笑みをされたらどうなるでしょう? 答えは動悸が速くなる。あれ、怜のやつ、こんなに綺麗だったっけ。久しぶりに会ったせいかなんか印象が違う気がする。



「ぼくたちもほら、部屋に入ろうよ遠矢」


「ああ、そうだな。ところで怜、あの男子だれだ?」


「さぁ、僕も知らない。そもそも僕は遠矢の知り合いの子に急に電話で呼び出されたんだ。ほら、台所ではしゃいでるあの子」


 リビングに入ると、台所ではしゃいでる美咲の声がこっちまで聞こえてきた。あいつ、怜のことまで知っていたのか。その情報網がどこまでのものか、ちょっと気になるな。だってそれって未来の僕が交友を続けている人たちってことだろうし。未来の僕は少なくとも怜と交友を続けてるみたいだ。



「遠矢、あの子誰なの? ぼくと一緒に入ってきた子とそっくりだけど……双子?」


「そういうわけじゃないんだけど、なんて説明したら良いのかなぁ……」


「ふーん、込み入った事情があるんだ」


 そう言うと怜はすっかり興味を無くして、美咲について詮索しなくなった。怜のこういうところに昔から助けられている。相手が聞かれたら困ることは無理に聞かず、空気を察してくれる機敏さ。気遣いの達人とでも言おうか。その分、自分の感情を抑えてそうで心配になる時もあるけれど。



「お、めっちゃうまそーじゃーん! これ食って良いのー? スゲぇ」


 正体不明の男子が発した一言目がそれだった。瞬間、理解した。



「怜……」


「うん、遠矢」


「「僕(ぼく)あいつ嫌い」」


 謎の乱入者ことちゃらいさんと命名しておこう。彼のノリは明らかに僕らのものとは別種のもので、絶対に相容れないタイプだと分かる。問題は誰が彼をここに呼んだかだ。考えられるのは二人、椎名さんか美咲だ。

 椎名さんがここに来る途中、ナンパに引っかかって断り切れずに着いてきてしまった可能性。うん、あり得そうだ。だがその場合知らない人ん家のパーティにまで混ざってくるか?

 もしくは美咲が呼んだパターン。その場合、美咲の計画にとって彼が重要な役割を持っていた可能性が高い。わざわざ僕の家に呼び出した理由がさっぱり分からないけれど。



「さてさてみなさん。そろそろパーティの準備が整いますよ~♪」


 人の気も知らず、呑気そうな声で美咲はパーティの準備を終わらせるのだった。

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