第9話 未来の娘と買い物デート
「おはようございます、パパ♥」
これは夢だろうか。朝起きたら、僕のベッドに大好きな椎名さんそっくりの美少女がいる。しかも僕にまたがって顔を近づけているじゃないか。耳がこそばゆいと思ったら、彼女の吐息が耳にかかっているじゃないか! これはどういう状況なんだ。夢意外に説明のしようが無い。
「あはっ、びっくりしてる~。パパに朝の目覚まししてあげたんだから、ちゃんと褒めて欲しいですね~」
「なんだ、美咲か。驚かせるなよ全く。僕はてっきり……」
椎名さんと一緒に寝ているのかと思ったのに。残念だよ本当。
「ママと一緒に寝てると思ったのに~って顔してます」
「そ、そんな顔はしてない」
「パパったらやらしぃ~! 同級生の女子と寝てる夢見るなんてえっちなんだ~♪ どう? 明日はママの口調で起こしてあげましょうか」
「頼むからやめてくれ僕を悶え殺すつもりか」
椎名さんにおはようと言われるだけで僕は昇天する自信がある。そんな状態で椎名さんと瓜二つの美咲がこんな大胆な起こし方を、しかも椎名さんの真似をしたとなれば僕は絶対死ぬ。間違いない。比喩とかじゃなく、たぶん興奮死すると思う。
でもまぁ一回くらい試してみても良いかもしれない。物は試しとも言うし、将来そういう場面を迎えた時にスムーズに事を進めることが出来るように予行演習も兼ねてやってみようかな……なんて。
そんな風に考えていると、美咲が僕の上に乗ったままもぞもぞと動き始めた。ま、待て今その動きはまずい。僕は起きたばかりで美咲のパジャマ姿を見てしまった。ついでにトイレにも行きたい。
つまり条件が揃っている。僕の息子が元気に大地に立っている。一応言っておくけど男子はこれが普通なんだ。朝っぱらから嫌らしいことを考えているわけじゃない。
でもパジャマを着崩して胸元がはだけている美咲も悪いところがあると思う。今回は5:5で手を打とうと思う。
だが美咲は僕の思惑とは反してそれに気付いてしまった。
「なんだろーこれ、硬い物が……あっ。パパ……なんかやらしー」
「はっ!? やらしくないし! だいたい美咲が僕のお腹に跨がるようなことするから悪いんだろ! 思春期男子は朝に色々あるの!」
「私がちっちゃい頃はパパのベッドに潜り込んでも、こんな事無かったよ」
「それはたぶん……」
悲しいけど僕の息子は歳を取ると共に元気が失われていったんだろう。盛者必衰って言葉もあるしね。僕のそれが盛んであるかは別として。現状では出番が全くないシークレットウェポンと化してるけど。未来の僕も果たして使ったのか、甚だ疑問である。
それはそうとして、こんな時間に美咲が起こしに来るなんてどうしたんだろう。いつもは僕より早く寝て僕より早く起きてるのに。
「おじさまから買い物を仰せつかりまして。一緒に買い出しに出かけましょう」
「父さん……居候にパシリさせるなよ……」
「そんなこと言っちゃ駄目ですよパパ。居候させてもらってる身としては、むしろこの程度の手伝いは進んでやるべきです!」
「うっ……眩しい! 美咲の正論が家事を一切手伝ってない僕に突き刺さる……!」
「というわけで、たまにはパパも親孝行してあげましょうよ。ほら、着替えて準備してくださいっ♪」
どうやら今日は美咲と二人で買い物に出かけることで予定が決まったようだ。
◆
「えっと、牛肉か。これでいいだろ」
「駄目です。こっちのはお高い肉だから、普通の肉の方を買ってください」
「マジだ。見た目も量も同じなのに千円以上差がある……!」
「これくらいも知らないんですか、パパ? 学生の頃は本当に親任せだったんですねぇ」
「だ、大学に進んだら一人暮らしするつもりだよ。そこで自炊を学ぶつもりさ」
「それがいいですよ、きっと。未来のパパもそうでしたから」
美咲は上機嫌にそう言って、商品をカゴに入れていく。その姿はすっかり慣れた人の手つきで、普段からこういうことをしているんだなと思える動きだった。
「なぁ美咲。未来の僕は君に不自由をさせてないか?」
「どうしたんですか~突然。シリアスな空気になっちゃう感じですか?」
「美咲って早寝早起きするし、家の手伝いもしてくれてる。たぶんここに来る前から、ずっとそういう生活をしてきたんだろうなって思う。それってつまり、未来の僕が美咲に家事を押しつけてるってことじゃないのか?」
「うーん、全然見当違いです」
けろりとした表情で美咲はそう言った。むしろ僕の考えを一蹴するかのように、僕に言い聞かせてきた。
「私が家事に慣れてるのはママが再婚する前の環境が酷かったからです。ママは仕事で疲れてるから、家のことは私が率先してやってました」
「母子家庭だもんな。未来のことは分かんないけど、現代でもつらいところはつらいって聞くよ」
「ええ、未来でも変わりません。色々と大変な思いをしましたよ? 我慢もいっぱいしました。でもパパのおかげでそれも全部なくなりました。本当に、パパには感謝ばっかりです!」
「僕は何も……」
「いいえ……」
美咲はカゴを床に下ろし、僕の両手を握った。そして潤んだ目で僕の目を見据えて感謝の言葉を伝えてくれた。
「パパ、美咲はパパのこと大好き!」
「なんていうか、うん。自分のことじゃないみたいで素直に喜べないけど、女子から好きって言われたのは初めてだよ。こちらこそ、ありがとう美咲」
「私こそ何もしてませんよ~」
「いや、あの日……自殺しようとした日、僕は君に出会わなければこんな風に君と話せなかったし、椎名さんといい感じになることも無かった。だから……ありがとう」
「えへ、えへへ……そんな純粋な目で褒められると、困っちゃいます……」
「なんだかお互い恥ずかしくなっちゃったな。早く買い物を終わらせよう!」
「そ、そうですね! それがいいです!」
こうして僕たちはスーパーのど真ん中でお互いに赤裸々な言葉を掛け合い、それを見たおばあさん集団に若いって良いわねぇとネタにされ、顔を真っ赤にして店から出て行った。
帰り道、袋を全部持つと豪語したもののキツくなってきた僕を見かねて、美咲が片手をさしだしてきた。その結果二人で一つのビニール袋を持つという、なんだか照れくさい光景が生み出される。
でもこれはこれでいいんじゃないかな、そう思う。今日は美咲のことを知れてよかった。僕は美咲のことを全然知らない。自分の娘だというのに。目先の恋愛にかまけて大事な物を見失いそうになる、そんなことは嫌だ。
「美咲……」
「なーにパパ?」
「僕、椎名さんとの恋愛も頑張るけどさ」
「それはもちろんです。頑張らなくても私が頑張らせます!」
「それとは別に、美咲のことをもっと知りたいなって思った」
「…………へ」
へ……? 今の泣き声は一体……。
「ど、どうした美咲?」
「な、なんでもにゃいでしゅ……! ちょっと不意打ち気味だったので、驚いただけですから……!」
「え、今のどこに不意打ち要素が!?」
「パパは中々あなどれませんね……これは作戦ベータに移行する必要もあり得ますか」
作戦ベータ? 今までのが作戦アルファだとしたら、ベータとは一体? というかそんな大層な作戦名つけてたのかよこのタイムスリップ。
「で、なんだよ作戦ベータって」
「何でも無いですよパパ。今こうしていること、それと何ら変わりません」
「はぁ……? こんなの久遠家の毎日だよ。作戦でも何でも無いけど」
「ま、つまりはそういうことです♪」
美咲の中で何がどういう考えに変わったのか、それは結局分からなかったけれど、少なくとも帰り道に楽しそうに笑う美咲の笑顔はとても綺麗な物だった。それだけは絶対の真実だと思いたい。
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