第8話 美咲の独断行動〜母と娘〜

「久遠くんまだかなぁ……今日はちょっと遅れてくるのかな?」


 椎名綾は図書館の時計を見ていた。午後一時を過ぎても約束の相手は現れず、どうしたものかと迷っていた。綾が遠矢と話すようになったのはつい最近のことだが、以前から彼を目で追っていた。だからその人となりを知っている。彼が見た目によらず優しかったり、約束を守るような人だと知っている。


 だからこそ不思議に思っていた。何の連絡も無しに約束を破るようなことをする人間じゃないはず、きっと狩れに何かあったのでは無いか。そういう考えも浮かんできてもおかしくない。時計の針が刻々と刻まれていくうちにその考えは強くなった。



「久遠くん……もしかして事故に会ったのかも……! ど、どうしよう……」


「あ、ママ……じゃなくてお姉さん。ちょっといいですか?」


 不安が胸いっぱいに押し寄せてきて、爆発しそうになった――その時。見知らぬ少女が綾の前に現れた。



「あの、あなたは?」


「私のことは気にせずに。とりあえずこの番号に電話をかけてみてください」


「えっ、私そういう詐欺とか勧誘ってちょっと……」


「この時代の人たちはみんなそういうこと言いますね。流行ってるんですか?」


「……?」


 少女の言動を不審に思った綾だが、そんなことは些細なことだった。なぜなら目の前の少女は自分・・なのだ。背丈も、顔も、胸や腰、全てが自分そっくりだった。綾はこの前読んだ小説に出たドッペルゲンガーという怪異を思い出した。



「えっと、この番号は何なんですか。あとあなたは一体……」


「まぁ私のことはほら、どうでもいいでしょう。よく言うじゃないですか、世界には自分に似た人間が三人いるって」


「でも……」


「この番号は久遠遠矢さんのスマホの番号です」


「えっ?」


 なぜこの少女が遠矢の番号を知っているのか。なぜ自分と遠矢の関係を知っているのか。なぜここに自分がいると知っているのか。なぜ……なぜ……なぜ……。

 考えるとキリが無い。綾は少女のスマホを受け取り、表示された番号にコールしてみた。コール音が数回、その間綾は自分が無意識に息を止めていると気付いていただろうか。



「あの、もしもし……」


『あっ! 美咲お前っ! 人のスマホを間違えて持って行くなよ! 僕のスマホが使えないだろう!? 普通間違えるか、色も機種も違うだろ!』


「えっと、久遠くん……? 私、椎名だけど」


『し椎名さん!? え、なんでっ!? ご、ごめん! 今日はちょっと遅れそうなんだ。スマホが見つからなくって。っていうかなんで椎名さんが俺のスマホを使って……?』


「えっと、色々混み合ってるみたいだね。あはは……」


『とにかく本当にごめん。今からそっちに行くから。すぐ行くから! 秒で行くから!』


「落ち着いてからでいいからね? うん、じゃあ……」


 電話を切る。ひとまず遠矢との連絡は取れた。だが余計に謎が増えてしまった。少なくとも遠矢の使っていたスマホは本人の物ではなく、同居人の物らしい。家族かなと綾は考えたが、直後に目の前の少女の存在が目に入る。



「ん? パ……遠矢さんと連絡つきました~?」


「あなた……誰ですか」


「誰って私は私です。自己紹介すると色々ややこしいのでまずはこれだけ。初めまして、そして久しぶり・・・・・・・・・・・・綾」


「く、久遠くんとはどういう関係なの……」


「ん~? 浅からぬ仲とでもいいましょうか。それともはっきり、同居人と言ってあげた方が分かりやすい?」


 綾はこの時、完全に混乱していた。目の前の自分そっくりの少女がどうして遠矢ど一緒にくらしているのか。彼女の正体は何なのか。何故自分に対してからかうような態度を取るのか。

 そして綾の気のせいでなければ、何故この少女は自分に敵意を向けているのか。全てが綾には分からなかった。心当たりが全くと言っていい程無い。まるで変な夢でも見ているような気分だ。



「それじゃあ私はそろそろ失礼しますね。このスマホは遠矢さんに返しておいてください」


「ま、待って! あなた本当に……誰なの!?」


 答えてくれないだろうと分かって投げかけた問いに、少女はゆっくりと振り向いて答えた。



「私は――――」



 ◆



「よし、今日はこれくらいで終わろうか」


「うん、そうだね」


 気のせいか椎名さんの機嫌が悪い。というより落ち込んでいるように見える。さっき電話した時も慌ててたみたいだし、何かあったのかな。それを聞いても良いのか迷うな。まだ僕と椎名さんはそこまで仲が良いわけじゃないし、ズケズケとプライベートな問題に踏み込んで言いものかどうか。



「ねぇ椎名さん、このスマホだけどさ」


「えっ、あ……うん」


「道で拾ったって言ってたよね。図書館に来るまでの道で」


「そ、そうよ。なんか見覚えがある機種だったから、もしかしたらって思って……」


「そっかーありがとう! 椎名さんが拾ってくれなかったら買い換えてた所だったよ! 今日は何から何まで迷惑かけてごめんね。帰りにジュースおごるけど、いる?」


「ううん、気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」


「そ、そっか」


 振られてしまった。やっぱりまだそんなに彼女との仲が進展しているわけじゃないらしい。美咲の言った『一肌脱ぐ』とやらが何か知らないけど、それに頼るほか無いな。自分の恋愛を未来の娘に手助けしてもらうってすごい情けない話だけどさ。でも僕の恋に美咲の未来がかかっているんだ。なら少しばかりチートを使っても構うもんか。娘のためなら僕はイカサマくらいやってやるさ。


 本音は椎名さんと何としても恋人になりたいぃぃぃぃ~!!!!

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