第7話 未来の娘と記念日
冬休み初日――12月26日
「ふんふ~んふふんふ~ん♪」
「やけにご機嫌ですねパパ。さてはこれからママとデートですか?」
「分かるかい? いや~美咲には何でもお見通しだなぁ。流石僕の未来の娘だね」
「いや分かりますよ。それだけ露骨に鼻歌歌ってれば」
なんと、自分でも気付かないうちに僕は鼻歌を歌っていたようだ。上機嫌なのは否定しないがいささか周りへの注意が不足しているな。こういう時に限ってトラブルが起きたりするんだ。気をつけなくちゃ。
「今日は何でしたっけ。確か冬休みの計画を立てるんですか~?」
「ああ、あの椎名さんと! 僕が二人っきりで! 冬休みの計画を立てるんだ! これって凄いことじゃないか美咲? もう付き合うまで一歩直前だろ」
「私にはパパがどうしてそんなに楽観的なのか分かりません。だって普通この時期だと恋人もしくはそれに近しい人物とはクリスマスを一緒に過ごしますよね。パパ、ママとクリスマスどこかに行きました?」
「あ……」
そういえば昨日の終業式は12月25日――クリスマスじゃないか。恋愛とクリスマスは切っても切れない関係がある。日本には性の6時間なんて言葉があるように、クリスマスにはいつもよりカップルの愛がむき出しになるという噂がある。
しまった! 僕としたことがそんな重要なイベントを素通りしていたなんて! そういえば父さんがYouTubeの撮影用に高そうなケーキ買ってたっけ。動画の内容的に一人で食べきったみたいだけど。
元から久遠家ではクリスマスなんてあまり祝ってなかったのもあるんだ。というのも僕の誕生日が12月29日という中途半端な次期にあるせいだ。どうせなら正月にまとめて祝えばええやろ、という方針のせいであまりクリスマスパーティというものを経験したことがない。
「ほら忘れてた。目の前のことに精一杯で当たり前のことを見落とす癖、治ってないみたいですねパパ」
「ひょっとして、未来の僕も……?」
「それはもう。年末の仕事納めのために家族サービスを忘れちゃって、娘へのクリスマスプレゼントを買い忘れてしまうのも数回あったもん。普段は優しいパパだけどこういうイベント事には無頓着なの昔っからなんだ」
「それは一緒に過ごす家族とか友達がいないのが原因……と言いたいところだけど、今回は完全に僕の失態だ。冬休みに椎名さんと会えることだけで舞い上がってたよ……ごめん」
「いいですよ、慣れてますから。その代わりパパの誕生日は私がた~くさんお祝いしてあげますからね♥」
「お礼を何倍返しすればいいのか怖いね……」
「要求しませんよー。こういうのは愛なんです。家族へのプレゼントにお返しなんて期待したらなんか嫌じゃないですか」
そうは言うが僕からしたら美咲はほとんど他人なわけで。そんな美少女が無償の愛でプレゼントをくれるなんて、悪い詐欺に引っかかってるような気がしてならない。もちろん誕生日を祝ってくれるその気持ちは嬉しいけど、なんせ未来の娘からだからなぁ。反応が難しいよ。
「ということで29日は期待しててね、パパ♪」
「あ、うん。そうだね、楽しみにしてるよ」
「あー期待してなさそう~!」
そんなことはない。誰かにちゃんとした誕生日を祝ってもらうのって、実は初めてなんだ。幼稚園も小学校も、誕生日は冬休み中だから他の子みたいにクラス全体で祝ってもらえなかったし。去年は受験でそれどころじゃなかった。だから素直に嬉しい。でも美咲はそうは思ってないみたい。たぶん未来の僕の残像を見ているんじゃないだろうか。
僕は美咲の頭に手を置き、出来るだけ優しい声色で言う。
「29日だね。その日は絶対に空けとくよ。ありがと、美咲。すごく楽しみだ」
「う、うん。パパがそう言ってくれたなら……」
「じゃあ僕図書館に行ってくるから。戸締まりよろしくね」
「はい……パパ」
「……?」
家を出る直前、美咲の様子が少しおかしかった。頭を抑えて顔が赤くなっていて……あれじゃあまるで風邪じゃないか。でもさっきまで元気だったし、それは無いか? だとしたら頭を撫でるなんて子供にやるようなことをされて、恥ずかしがったのかもしれない。同年代の父親にそんなことをされるのは、思春期の女子にとっては嫌なのかもなぁ。気をつけるとしよう。
◆
「あ、久遠くん。こんにちは」
「し、椎名さん……こ、こんにちは」
ああ、いつ見ても綺麗だ。しっかりと手入れされた髪、あまり濃すぎない程度に抑えてるメイク、素材の良さが引き立っている。美人でも身なり一つでここまで変わるんだもんなぁ。居候の誰かさんはだらけすぎだよ。目の毒なことこの上ない。
「今日は来てくれてありがとう。冬休みって色々あるでしょ? それなのにごめんね」
「そんなことないわ。去年まで流行病で色々あったでしょ。最近は収まってきたけどこの時期になるとまた増え始めるから、中々遠出するわけにもいかないの」
「だよね! 僕の父さんなんかあれのせいで失業しちゃってさ~」
「し、失業って、お父さん大丈夫なの!?」
僕たちはお互いのことを話した。名前の由来とか、家族構成、最近あったことなど色々な話題だ。まるで初めて会った人同士が話すようなことだけど、僕と椎名さんにとっては実質ちゃんと話すのはこれが初めてだからむしろ問題ないと思う。僕も気になる彼女のことを知れて楽しかったし、彼女も僕の話にうんうんと楽しそうに相づちを打ってくれてた。
そして盛り上がってきたところで僕は一つ、大きな爆弾を放り投げてみることにした。ずっと気になっていたことがある。それを聞いてみたい。返答次第では僕は人間不信になるかも知れない。
「そういえば僕って姉が一人いるんだけど、椎名さんって
「ううん、
「僕は姉さんの試打係だったよ……」
「試打って何の!?」
「ソフトボールとかテニスとか……関節技も試されたっけ。大学で一人暮らししてくれて嬉しいよ、ホント」
「年上の姉弟がいる人って大変なんだね……」
そうですとも。例えば推しのVチューバーが実姉だったとか、かなり地獄だと思う。スパチャの金数ヶ月分返してよ切実に。だって僕、姉さんと知らずにそのVチューバーの絵で〇〇〇で〇〇しちゃったし。本当に後悔している。真面目に自殺しようとした理由第一位だと思う。そういえば年末には帰省してくるんだろうか。来ないで欲しい切実に。
「そっかー椎名さん姉弟いないんだ。一人っ子だからしっかりしてるのかな」
「そ、そんなことないよ~! 私抜けてるって友達によく言われるし、むしろ久遠くんの方こそちゃんとしてるって思うよ」
「僕が? またまた冗談でしょ」
「ほ、本当だよ? この前だって、勉強のためにクラスメイトのお家にまで行って教えてもらってたでしょ? 私、最初はびっくりしたんだよ。なんでよく知らない私のところなんだろうって。でも久遠くん真面目だし、教えたところはすぐ覚えたし、すっごく尊敬したんだ」
「あ、あははは……」
言えないよね。その宿題最初から全部終わってて、分からない振りしてただけって。せっかく教えてくれた椎名さんには本当に申し訳ない。でも椎名さんの丁寧で優しい教え方はすごくよかった。こんな女教師と青春を過ごしたいって思えるくらいだったさ。将来は教員とか向いてそうだ。
「冬休みも短いのに宿題が結構出てるでしょ? だから……よかったら明日も一緒に、ここで勉強しない?」
「よ、よろこんで! 僕なんかでよければ!」
「ふふ、ありがとう久遠くん。久遠くんって優しいんだねっ」
その言葉を貰えた瞬間、僕の心の中に「勝った」という言葉が浮かんだ。何にだよと思うけど、僕にも分からない。とりあえずそれくらい舞い上がったということさ。
「明日もよろしくね、久遠くん」
「僕の方こそ!」
◆
「あー脈無しですねそれ~。パパ一番まずいルート入っちゃいましたね~」
「ゲームをしながら適当に話を聞くな」
「このゲーム面白いですね。可愛いどうぶつたちがオシャレな家を作っていくって、独創的です」
「美咲の未来に〇〇〇〇の〇は無いのか……? というかハード戦争はPSとにんてんd」
「あーあーそういうのは禁則事項なんです! 未来の流れを変えちゃう可能性のある発言は出来ません!」
「そういえばそんな設定あったな……」
「設定? パパ今設定って言いました?」
美咲の詰問を適当に流すのに苦心していると、先程美咲のいった言葉が気になってきた。一番まずいルートに入ったって言ったよね。それってつまり、現状がよろしくないというわけだ。しかし僕と椎名さんの仲は着実に進んでいると思っている。一体どこがまずいのだろう。
「女性が言う“いい人”っていうのはですね、恋愛対象外って意味なんですよパパ」
「そ、そうなのか!? でもそんなの聞いたことないよ」
「まぁ本当に性格が良いって意味でも使われますよ。どっちみち異性として意識されてないってことに変わりないけどね~」
「そ、それじゃあ僕は……」
「ママから恋愛対象として意識されてないってことね♪」
「そんな……」
あれほどいい雰囲気になったというのに、それは僕の思い違いだった? あくまで友人としていい人だという評価を僕が勝手に拡大解釈しただけなのか……? 恋愛って一筋縄ではいかないと思っていたけれど、そもそもスタートラインに立ってすらいなかったというのか……。
「まぁこの調子だとママにはそっぽ向かれる可能性も出ちゃうかもね。頑張れパパー♥ ふれっふれっパパー♥」
「その寝間着で激しい動きをするの、やめたほうがいいよ美咲」
「わーパパが胸見てる~♪ 娘の胸見て顔赤くしてる~♪」
「僕からしたらお前すっごい目の毒なの!」
まったく、自分の願いのためにこの時代に来たとか言っていた癖に他人事な娘だ。こうなったら以前のように美咲の力を借りることも善処しないといけないな。というかもう僕一人の力じゃ無理です助けてみさきえもん……。
「しょうがないなぁ。パパのために私が一肌脱ぎますか!」
間違っても物理的に脱がないでくれよ。本当に気まずいから。夜寝る時に困るから。
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