第6話 未来の嫁と冬休み
「ふあぁ~……朝か。今日は終業式だっけ」
早いことに今日で二学期も終わりだ。この一年間は本当に大変だったよ。去年大流行した感染症のせいで受験勉強もままならず、志望校に入れないなんてこともあったし。断っておくけど僕の勉強不足とかじゃないからな。あくまで流行病のせいでいろいろあった結果なんだ。
まあそんなこともあって中々高校生活に熱が入らず、半ばぼっち状態になっていた僕なんだけど今は違う。学校が楽しく感じる。それは恋を知ったからだ。椎名さんという未来の伴侶を射止めるために、僕はこの学園生活に全力を尽くすと決めた。
だがそんな椎名さんとも今日でお別れ、次に会うのは三学期……というのが今までの僕。未来の娘――美咲が来てくれたおかげだ。彼女の言ってることや身分などには半信半疑なんだけどね。それでも彼女のおかげで上手くいっている節もある。僕は椎名さんと添い遂げて、彼女は僕らの実子として生まれ変わる。そういう協力関係なんだ。
でも――
「パパ~私の下どこ~? 替えの分持ってくるの忘れちゃったー」
「み、美咲! ストップ、そこで止まれ!」
部屋の外。いやもっと正確に言うと同じ部屋をカーテンで仕切った向こう側から美咲の声が知る。足音から察するに僕のスペースにやってくるつもりだ。下着を探してるってことは裸……もしくは刺激の強い格好をしているわけで、僕にも美咲にもよくないんじゃないかな! 入室を断固拒否せねば!
「え、どしたんです朝から。もしかして部屋に入ったらまずい物とかおいてますか~? パパ、若い頃は性欲強いって言ってましたもんね~♪」
「未来の僕はどういう情操教育してるんだよ……!」
「もうえっちな本くらいじゃ驚かないから、そっちの部屋も探させてよパパ~。下着がないとブラウスから透けちゃうし」
「ぶら……すけっ……」
同年代の女子から出る生々しいトークに僕は思わず生唾を飲み込んでしまう。別に美咲は好みのタイプではないし、本来なら全然気にしないんだよ。でもあろうことかクラスのアイドル椎名さんにそっくりなんだ。娘なんだから当然なんだけどさ。
その美咲が清純な椎名さんとは違って、ちょっと砕けた敬語丁で話しかけてくるのは否が応でも意識してしまうだろう。優等生の光と影みたいな? 表の顔と裏の顔みたいなものを感じてしまうんだ。美咲のことは本当に気にしてないんだけど、どうしても椎名さんの残像がちらついて困る!
どれくらい困る勝手言うと、僕の部屋に美咲が入ってきたらまず下半身に視線が集中するだろう。そしてそれを笑い飛ばすことだろう。その間僕は羞恥に耐えて、顔を赤くして耐えなければならないんだ。これは男の生理現象だからしかたないんだけど、同年代の美少女に見られるとすごい申し訳ない気分になる。アイドルにバラエティのノリを押しつけてる感というか、そういう感じだ。
総括すると、美咲が僕のスペースにやってくるのを全力で阻止する必要があった。
「パパの部屋にありますってー。探してないのそこだけだもん」
「あるわけないだろ? もしあったら僕が女の子の下着コレクターみたいじゃないか」
「下着や水着姿のアニメのフィギュアは集めてたよね~。あ、これは未来の話か」
「そ、そんな趣味があるのか未来の僕は……。よく結婚できたな」
それとも未来だと今より漫画やアニメへの偏見が更に無くなっているんだろうか。そうだったら嬉しいけど、そんな時勢とも関係なく結婚できる気はいまのところしないんだけど。一体どうやったんだろうな、未来の僕。
「パパ、すきありー! そっちの部屋に侵入侵攻ー!」
「うわ。しまった……」
「うんうん、見たところ可笑しな物はないですね。強いて言えば…………」
美咲は露骨に視線を下ろした。そしてにっこりと笑った後、優しくこう言った。
「今はまだこんなもんですけど、いつかはもっとビッグな男になりますよパパ!」
「下ネタで励まされても嬉しくないんだけどな……」
結局美咲の着替えはリビングに部屋干ししていた。この時期寒いからな。外で干すよりエアコンの効いた部屋に吊していた方が効率的だ。部屋の中が洗濯物の半乾きの匂いで満たされるのがちょっとキツいけどね。
「これこれ~。これを着けないと男子の視線がいやらしくて無理なんですパパ。どうにかならないかな~?」
「最初から前を隠すコートを着るとか? 今オーバーサイズが女性に流行ってるらしい」
「パパがそれっぽいこと言ってる! うわ~美咲の知ってるパパだ~♥」
「あの、美咲……? 朝から元気があるのはいいことだね。でもね、一応僕たち青少年なわけだろ。こうやって密着して胸を押しつけたりするのって、やめたほうがいいんじゃないかな」
「うわ~そういう所もパパのまんま。ひょっとしたらパパの原点はこの時代には既に出来上がってたのかも」
「何を訳分かんないこと言ってんだよ。僕は学校行ってくるけど、お前はどうする?」
美咲はこの時代に来てから具代的に何をしているのか分かっていない。日中姿を消していることもあれば、僕が帰宅する頃に現れたりする。まるで神出鬼没の存在だ。もしかして特定の時間だけでなく、いつでも好きなタイミングで未来に帰っているのか?
「心配しないでパパ。私はちょっと調べ物があるから、この街を散策するね♪」
「そっか。迷ったらすぐにあげたスマホで連絡くれ。僕もできる限り対応するから」
「了解! それじゃあパパ、いってらっしゃい♥」
「あ、ああ。うん、いってきます」
美咲に鞄を手渡されて、玄関を出る。通学路に入って悠々と学校まで歩く。この時僕はバカみたいなことを考えていた。
――こんな毎日送れたら良いなぁ――
バカか! 美咲は娘だぞ。いやまだ娘かどうかは定かではないけど、自称未来の僕の娘だ。それに優しくされた程度で、好きな子の残像を重ねて悦に浸るなんてどうかしてる。顔が良けりゃいいのか? 僕の初恋って顔のタイプが趣味だったのか? 僕が椎名さんに感じた胸の鼓動は間違いなく恋だった。じゃあ今美咲に感じた温かいものは一体……?
◆
「あ。久遠くーん」
天使のさえずりと聞き間違えたかと思ったら椎名さんの声だった。しかも僕のこと呼んでくれた。これってもう大分距離を縮めたんじゃないかな。
「椎名さん! お、おはよう」
「おはよう、今日も寒いねー。手袋とかしないの? 私手袋ないと手荒れがね~」
「僕は結構汗っかきだから、逆に乾燥しにくい的な? むしろ厚着の方が体中かゆくなるって言うか」
「大変だねー厚着出来ないなんて。風邪引いたらきついよね、去年の流行病みたいに……」
「ほら、昔の人がよく言うだろ? 子供は風の子ってさ、だから僕は肌寒いくらいが丁度良いみたいな?」
「あはは、なにそれー」
会話は順調だ。高校はボッチだったけど、別に小中もボッチだったわけじゃないからな。人並みのコミュニケーションくらい普通に取れるさ。まぁ女子相手となると途端に困るんですがね。だれか教えてよ、美咲は何も教えてくれない。
「あ、もうすぐ予鈴だね。急がなくちゃ」
「そうだね、じゃ……また」
楽しかった時間も即終了。やはり僕とクラスのアイドルじゃあ、二人っきりでいられる時間なんてこんなものか。でも楽しかったなぁ。あの子が僕の未来の嫁に……いや、まだ美咲の話が本当かは分からないけど。でもそうなったら最高だよなぁ……。
トントン、と後ろから肩に手をかけられる。
「誰……って、椎名さん? ま、まだ何かあった? ってか急がなくていい……の……」
「放課後、冬休みの計画……考えよ?」
「っ……はい!」
そのことを言うためだけに戻ってきてくれたのか、やはり彼女は我が校が誇る現代の天使だ。
僕は決めたぞ、この冬休みで彼女に告白……はまぁ無理としても、良い感じの雰囲気になってみせる!
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