第4話 娘のフォローは万全です

 椎名さん……嗚呼椎名さん……椎名さん……。

 僕はこの前恋に落ちた。それはあまりにも突然で、突発的に訪れた。同じクラスの椎名綾さん、彼女の家で一緒に勉強をした。それだけで好きになってしまった。

 恋に理由はいらないって言うけれど、なるほど確かにそうだ。恋は直感、気付いた時にはもう恋に落ちているんだ。



「椎名さん、かわいかったなぁ……」


「何ぼへーっとしてるんですかパパ。気持ち悪い」


「き、気持ち悪いとは何だ! 僕は今、人生初の恋の余韻に浸っているんだよ。茶々を入れないでくれ」


「あー分かりますよ。ママのこと好きになっちゃったんでしょ~。そうですよね、若い頃のママ綺麗でしたもんね~。おまけに性格もよくて学業にも真面目、私とは正反対です」


 美咲は僕の話をつまらなそうに聞きながら、僕が使わなくなったお古のスマホでゲームをしていた。



「本当にびっくりするぐらい真逆だよ」


「仕込んだ種が悪かったんですかね?」


「最低な発言だな!?」


 椎名さんは優しくて気が利いてかわいくてみんなから人気がある学校のアイドルだ。それに似た容姿を持つ美咲も普段の振る舞いさえ間違えなければ、かなりの人気者になれる素質はあると思うんだけど。性格ばっかりは本人と育った環境に依存するから、中々難しいのかも知れないな。

 それにしても美咲のやつ、自分から提案したくせに僕が椎名さんのことを好きになってもリアクション薄いな。


「なぁ、僕の娘なら父親の恋を成就するのを手伝ってくれても良いんじゃないのか」


「もちろん手伝いますよ。でもほら、私この時代に詳しくないもので。今だってこうしてスマホの扱いに苦戦しているところです」


「うちの爺ちゃんに初めてスマホ渡した時みたいな反応してるな……」


「この手の機械を触る機会は少なかったんですよ。家庭環境が裕福じゃなかったし」


 そうか。美咲の家は元夫がいるころは最低で、いなくなってからは椎名さん一人で美咲を育ててたんだもんな。十年後、いやもっと先の携帯電話がどのような進化をしているのか気になるところではあるけど、あまり辛い過去を思い出させるのも酷か。



「それでーどうするんですかパパー」


「ん、何がだ?」


「だから今日から学校でしょ~? ママと自然に会話出来るの?」


「そ、それは……いきなり会話しなくてもいいんじゃないかなーっと」


「甘い! 甘々だよパパ!」


 美咲はスマホをソファに投げ捨て立ち上がる。その勢いの良さに驚き、室内だから薄着になっていた美咲の胸の躍動感にも驚いた。なんていうか現実の物理演算ありがとうとしか言えない。

 美咲は僕のかおにビシッと指をさし、モデルのようなポーズを取った。写真に収めればそこそこバズれそうな感じだなとか、久遠家の血が高ぶっているのを感じる。



「いいですか? 日程表を確認しましたけどもうすぐ冬休みですよね? そこで遊ぶ約束の一つや二つ、してこないでどうするんですか~!」


「それはデートに誘えと?」


「それ以外に何があると仰るんですか」


「ほ、ほらLIME交換してとか」


「甘い! パパの場合ただでさえスタートダッシュが遅れてるんですよ? 十数年もです! それを埋めるためには即日即行動くらいじゃないと駄目なの! 本当にママのこと射止めたいって思ってるんですか?」


「い、いとめたいっていうと……あれだけど……仲良くはなりたいかなー……とかなんとか」


「しゃらくさいですねこの時代のパパは! じゃあこういうことにしましょう。この前の勉強会分かりやすかった。冬休みの宿題も一緒にやって良いかなって。その程度の約束ならママも了承してくれますよ」


「な、なるほど! 天才か美咲、流石僕の娘!」


「ママの連れ子ですけどね~」


 美咲は僕の有利になるように助言やアドバイスをしてくれる。それは嬉しいし、もしかして本当に未来から来たんじゃ無いかと思い始めている。

 だからこそ気になる点がいくつかある。美咲の計画を始める前に聞いておきたい点がいくつかあるんだ。


「そもそも僕の目の前にじゃなくて、美咲の方にいけばよかったんじゃないか? あの人には近付いちゃ駄目って言えば元夫とは結婚しない未来になるだろう?」


「悲劇を回避するだけならそれでいいかもしれません。でも私は未来で得たあの幸せな家族を本当の家族にしたいんです。そのためにはパパの力は絶対必要なんです!」


「いや僕ってソシャゲのランクでいうとNコモンレベルだぞ、何の役にも立たないよ」


「何を言いますか。未来のママを射止めるのは誰か。パパなんです。未来のパパに出来て過去のパパに出来ないはずがありません」


「それはほら大人の余裕が出来たとかでさ」


「もう覚悟を決めてください~! 二度目は言いませんからね~」


「わ、分かった。僕も男だ、一度は自殺しようとした身だ。全力を尽くしてやろうじゃないか」


「さっすがパパ話が早い。ということで今日の学校は私もサポートしますから頑張ってね~」


 美咲がフォロー……? それも学校で……? 凄く嫌な予感しかしないんだけど。

 今日の放課後までおかしいことが起こりませんように……!


 ◆放課後


「あのさ、椎名さん。ちょっといいかな……」


「ん? どうしたの久遠くん。あ、もしかしてこの前の宿題、間違ってた?」


「そ、そんなことないって。椎名さんの教え方って凄い分かりやすかったし。そうじゃなくて……」


「……?」


「この前の勉強会さ、すごい楽し……じゃなくて分かりやすかったからさ。もしよかったらなんだけど、冬休みも一緒に勉強したいな~なんて」


「え、ホント!?」


 椎名さんは声を大にして俺の手を握る。もうそれだけで俺の血流がV8エンジン並に動きまくってるんだけど、これが惚れた弱みってやつか。好きな相手の一挙一投足が気になってしまう。

 触れた手の柔らかさとかマシュマロかよって思うし、手のぬくもりなんてカイロかってくらいあったかい。たぶん椎名さんはこの世の善性を全て詰め込んだ子に違いない。マジかわいいです。



「で、その~冬休みなんだけど」


「うん、オッケーだよ! 私も誰かと一緒に勉強したかったしね。久遠くんって結構成績よかったし、色々聞いても良いかな?」


「も、もちろん! 俺の分かる範囲でよければ」


「うん、じゃあ約束ね! これ私のLIMEのID。気軽に連絡してくれていいからね」


「あ、うん。ありがと。それじゃ、また」


「うん、またね!」


 会話を終えた後、椎名さんは仲良しグループの元へ戻っていった。何の話をしてたのーと友達に聞かれても、えへへ秘密ーと可愛らしく誤魔化している。同性にも優しくユーモアがあるとか現世に降臨した女神かな?


 というか、まさか僕なんかがクラスのアイドル椎名さんと連絡先を交換して、あまつさえ冬休みの約束まで取り付けてしまうとは。

 美咲の言うとおり、男から行動すべき時っていうのはあるのかもしれないな。あの子にも感謝しておかなきゃ。帰りに夢米堂のシュークリームを買って帰るか。


 そういえば美咲のやつ、この時代ではどこで寝泊まりしているんだろう。今度聞いてみるか。

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