第3話 未来の花嫁はクラスのアイドル!?

翌日12月16日


僕らは再びマックの季節限定グラコロを頬張りながら秘密の打ち合わせをしていた。



「そういえばずっと気になってたんだけど、美咲の母さん――僕のお嫁さんって誰?」


「ええー今更それ聞くんですか~」


「いやだって、気になるよ! 彼女いない暦=年齢の僕に、どんな可愛い嫁が出来るのか。それって男の夢だとは思わないか?」


「よく分かりませんけど」


美咲はあまり興味がなさそうにしていた。残念、未来を空想する上で愛する伴侶の存在は欠かせないというのに。パ〇プロのマイライフモードで誰と結婚するか四苦八苦したり、アズー〇レーンで気に入った子には貴重なダイヤを消費してケッコン指輪をプレゼントするとか、男はこの手の話題にはかなり慎重なのだ。

つまり何が言いたいかというと、未来のお嫁さんが可愛かったらいいなあ……って面白みもない男の願望垂れ流しだ。でも仕方ないよ、気になるもん。



「パパがママと出会ったのは確か高校時代だって言ってました。もし当時から付き合っていたら、あんな男にひっかからないで済むはずなんです」


「ちょっと待った。昨日は元夫に捨てられた後に出会ったって言ってたよね。話が矛盾してるよ」


「正確には高校時代の同級生だったんです。当時は特別仲がよかったわけじゃなかったみたいで、ママも意識してなかったんだって。でも偶然再会した後は私たち家族に優しくしてくれて、そしてそのまま結婚したんです! 素敵ですよねぇ~」


「なるほど。ってあれ? 同級生ってことは僕の知ってる人ってこと?」


「そうなりますね。お父さんは今一年生でしょう? ひょっとしたら同じクラスにママがいるかも」


「いや! いやいやいや! 絶対無いから! 僕本当にモテないし、女子と大して話せないから全然だし!」


「その割には私とすんなりお話してません?」


「だってそれは……」


「あー! 娘相手だからですよねー。さすがパパ、この時代でも娘の私には優しくしてくれるの、大好き!」


いや、本当は怪しさマックスの変人だから、こっちも気兼ねなく話せるって理由なんだけど。それを言ったら気まずくなるから喉元まで出かかっていた言葉を飲むことにしよう。



「でも今のクラスにお嫁さんが……。あ、もしかしたら進級したクラスにいる可能性もあるんじゃない?」


「忘れたんですかパパ。本来の歴史ならパパは昨日自殺未遂して大怪我。そのせいで周りから避けられるようになるんですよ。ママは当時のパパを『やさしいけど異性として意識はしてなかった』って言ってたんです」


「それは……僕が自殺を失敗して大怪我する前から、僕のことを知ってたってことか」


この仮説があっているのなら、僕のお嫁さんはおそらくクラスの女子だろう。そして僕のことをやさしいと断言してくれているのなんて、僕と何回か会話をしていないと分からないはずだ。つまりこれだけで大分容疑者を絞れてきたぞ。容疑者って表現もおかしい気はするけど。


でも僕と話したことがある女子って言ったら……



「あ、そうだ! 今から会いに行けばいいんですよー! ママの実家なら分かるし、早速行きましょー」


「行動力っ!?」


なんて子だ。いきなり女子の家に訪問するとか正気か? いや自分の母親の実家に遊びに行くなら全然変じゃないか。いやでもこの時代だと彼女はまだ存在しないはずで、それなら不審者同然じゃなかろうか。行っても門前払いがいいところだと思うけど。



「なに呑気にジュース飲んでるんですか? パパが率先していかなきゃ意味ないじゃないですか」


「ぼ、僕がっ!?」


「他に誰がいるんですか。私はパパとママをくっつけるために来たんですよ。私がママに会いに行っても意味ないでしょうに」


「それはごもっともだけど……いきなりハードル高いって言うか……」


「もー! 若い頃のパパって後ろ向きな性格ですね、もっと自信を持って! 未来のパパは常に安心して見ていられる理想の大人なんだから!」


「それは未来の僕の話だろ!? 今の僕はクラスに馴染めない陰キャ男子なんですけど!」


もっと言うと家庭環境がカオスになってる陰キャ男子だ。普通の高校生の分類からは少し外れているかも知れない。未来の僕はこんな状態からどうやって大人になったんだろう。



「じゃあママの実家にしゅっぱーつ!」


「ちょっと待ったまだシェイクが残って……」


「しゅっぱつって言ったらしゅっぱつなんですー!」





「ここ! ここです! うわ~この時代だと新品みたいに綺麗な家なんだ~」


「お、おい美咲……やっぱりその、帰らないか……?」


「何言ってるのパパ。ここまで来たんだから今更帰るなんて駄目に決まってるでしょ」


「で、でもさ……この家って……」


「うん、ママの家!」


うそだろ! いくらなんでもこの女、嘘つきに違いない。だってここは、クラスで……いや学校一のアイドル椎名綾さんの家だ。僕なんかじゃ話しかけることも出来ない学年トップ人気のスーパー陽キャ美少女じゃないか!

幕下の力士が横綱に挑むようなものじゃないか。相撲詳しくないけど。

ムリ無理無謀だって! 今すぐ引き返したい! でも美咲が全然腕を離してくれないんだけど。というか力強っ!



「インターホンはっと。ここだここだ。えいっ」


「あっ、美咲勝手に……」


『はい、どなたですか?』


「ヒィ!」


美咲のヤツ、勝手にインターホン押しちゃったよ! しかも即反応帰ってきたし。声的に本人だろうか。あまり話したことが無いから椎名さんの声の印象が薄い。綺麗な声をしていたことは覚えてる。



『あの……どなたかいますかー』


僕らが名乗らないからインターホンの向こうの椎名さんも困惑しているようだ。どうすればいいんだ。いきなり僕なんかが家に来たらストーカーに来たんじゃと疑われそうだ。もういっそのこと全部美咲に任せた方がいいんじゃないかな……



「って美咲がいつの間にかめっちゃ遠くに隠れてる!?」


「パパー! ファイト-!」


「あいつ後で覚えてろよ……」


絶対許さないからな。陰キャを突発的なイベントに置き去りにするとか、万死に値する。仮に本当に僕の娘だとしてもだ。



「あ、えっとすみません。久遠といいます。綾さんのクラスメイトで、えっと……」


『久遠君? どうしたの突然』


「そ、その……あー……ほら! 明日の数学って宿題の答え合わせあるでしょ? 番号的に僕が当てられそうだからさ。椎名さんなら答えバッチリかなって思って、教えて貰えない……かな?」


『え……? 久遠君が……?』


苦しい言い訳だったかな。でもこれくらいしか急に自宅訪問する理由をでっち上げられないよ。これで断られてもいい。早く沈黙の時間を終わらせて欲しい。なんかもう泣きそうになってきたよ。

僕が両手を組んで天に祈りを捧げていると、玄関のドアが開かれた。中から出てきたのは部屋着用のラフな服を着ていた椎名さんだった。



「ご、ごめんね休日中に。でも僕マジで今回心配でさ……。周りの友達もみんなやってないって言うし」


嘘だ。宿題は早々に終わらせてるし、そもそも僕に友達なんていない。クラスに馴染めないのが自殺の理由の一つに入るくらいだからね! だから今のは失言だったかも知れないな。だって僕がクラスで浮いてるのは、椎名さんも知っているだろうから。かえって怪しまれたかも。



「ふふっ、そうだね。赤城先生怖いもんね。分かった、部屋の片付けするからちょっと待っててくれる?」


「あ、うん! 全然気にしないで!」


マジかー!? クラスのアイドル椎名綾さんの部屋に僕が入って良いのか? 大丈夫か椎名さん、ちょっと危険意識薄すぎませんか。僕は度胸ないからしないけど、人によっては大変なことになるよ?



「パパー!」


遠くの電柱を見ると、美咲が親指をグーにしてこちらに向かって笑っていた。まさかあの子、本当に未来の……?



「久遠くんお待たせ。ちょっと汚いかも知れないけど、私の部屋で勉強しよ?」


「あ、はいっ」


しかしこうして見ると、確かに美咲と似ているな。いや、美咲似ているのか。親子というのは本当らしい。椎名さんの黒くてつやのある綺麗な髪は――美咲も同じだし。整った優しそうな顔立ちも――美咲と同じだ。強いて言えば美咲には瞳の強さがあった。あれは父親由来のものだったのかな。



「じゃ、じゃあおじゃましま~す……」


「いらっしゃい。男の子を家に入れるのって、実は初めてなんだ」


「へ、へぇそうなんだ。でも遊びに来たとかじゃなくて、勉強を教えて貰いに来ただけだからっ」


「あはは、そうだったね。じゃあ早速宿題やっちゃおうか」


「う、うん」


その日、僕は初めてクラスのアイドル椎名綾――美咲の母とまともに会話をした。彼女は何て言うか、真面目そうに見えておちゃらけてるし、気が利いてるのに抜けてるところもあった。かわいらしい、男子の描く理想の女子だった。なんていうか、言葉を重ねる度に彼女に惹かれていく自分を感じることが出来た。


ひと言で言えば、恋に落ちてしまった。

うん、僕ってチョロい。昨日死のうとしてたのにね。

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