想いの重りを祓う時
帰り際、杉咲とお別れをしてから私は、晴乃のいる病院へ向かうのだと確信した。きっと、林田も気が付いているに違いない。
だから、初めて二人きりになれた帰路にてあの二人の話を切り出してしまうのだ。
「杉咲、頑張れるかな…」
私の呟きに、林田はすっとんきょうに「大丈夫じゃね?」答えた。もっと真剣に考えてもらいたいものだが、それだけ林田は杉咲を信じているということなのだろう。いや、そんな綺麗なことじゃない。
林田にとっての杉咲の評価が異常なまでに高いのだろう。
「なあ、ココア飲みたくね?」
「はぁ?」
思わず、嫌がるようなそぶりをしてしまった。けれど、唐突に予想外のことを口走る林田が悪いのだと私を正当化した。
「嫌ならいいけど…奢ってやるから飲む?」
「養ってくれるなら飲む」
林田は口元を隠してふふっと笑みを漏らした。背は高くて男らしい身体つきなのに、こういう不意に漏らす笑顔はとても可愛らしい。
「色々と意味違ってくるけど、今だけは養ってやるから付き合えよ」
そう言った林田は、私にココアを奢ってくれた。そして、近くにある公園を指差し「あそこベンチいい感じじゃん」と呟いたと思えば歩き出していた。
杉咲とは全く違った良さがある。けれど、私にとっては全く同じくらいの価値がある。いや、林だの方が少し勝ってるかな?
そんなことを言ってしまえば、また晴乃との口論になってしまうかな。けれど、前回のは晴乃が一目惚れした杉咲の事をコミュニケーションが出来ない奴とかなんとか、酷いことを言ったから喧嘩になったんだ。
今回は互いの好きな人の魅力を言い合うだけになるだろうな。それなら、私達は口論にはなれど喧嘩に発展することはない。
ベンチ腰を下ろした林田と少しだけ間をあけて隣に腰を下ろした。そして、ココアを一口すする。甘くて熱くて、色んな意味で温かくて目元が熱くなるのをおさえられそうになかった。
「福森って本当は楓のこと好きなの?」
色々考えている狭間に突然の質問。彼は本当に空気を読むことが下手くそだ。だから、最後の大会で空気も読めず焦ってスリーポイントシュートを選び外すんだと思った。
「私は杉咲を恋愛的な意味で好きになったことは一度もないよ」
「いや、でも、告白したんだろ?」
「したよ…」
私は好きだという気持ちを林田にさんざん見せつけてきた。毎日メールしたり、最後の大会の日にレモンの蜂蜜漬けをあげたり、林田のノートに『好きです』と落書きしたり。杉咲に見えないように手を絡めようとしたこともある。
一人の男を好きになったら強い思いで口説き落とす女。林田はそんな風に思っているから私の原動にいつでも怯えている。でも、本当は違う。
★★★
あれは、去年のクリスマスの日だ。
部活に疲れて、帰宅してからは何も行動する気が起きずにベッドに寝転んだ。日はすっかり傾いていて、時間までは覚えてはいないけれど夜だったことは確かだ。
あの当時は晴乃の手術が失敗して、次の手術までは期間をあけなくてはならないという状態で、比較的落ち着けていた時だ。
クリスマスだというのに私が男といる可能性も考えずに晴乃から電話が来た。
彼女はクリスマス、誕生日、元日を愛しているような人だ。なにかとイベントが好きな子なんだ。
元気な声でメリークリスマス!なんて言われたときには涙を押さえきることしか考えられなかった。けれど、晴乃と話している内に段々楽しさが勝っていった。
去年のクリスマスは何々したね!
来年はあんなことしたいね!
そんな些細で内容の薄い話。それだけで終わってくれれば良かった。
晴乃は私に一生のお願いを使った。そして、その対価として自分がこの先なりうる事を全て包み隠さず話してくれた。
手術は三月の終わりごろに行われること。
治る確率は半分もないということ。
生きている確率が半々だということ。そして、生きていたとして目を覚ます確率が無に等しいということ。
手術は晴乃の意思だから医者も親も止めることはできないのだろう。けれど、それは晴乃自身に相当の覚悟があってこそのこと。身体が手術前のダメージに耐えきれず脳が停止する恐れがあるということも全て知った上で晴乃は、生にしがみついた。
どうして、そこまでの覚悟が直ぐに決まるのかをわたしはたまらず聞いてしまった。すると、晴乃は笑いながら答えたんだ。
「私に楓が必要なように、きっと楓にも私が必要だから。それに、夏希も私との思いで欲しいんじゃないかな?こんなの自意識過剰すぎるよね」
そう言って笑ってごまかす晴乃に私はなにも言ってあげられなかった。
茨な道を進もうとする晴乃を素直に応援したいとは思えず、けれど晴乃との明るい未来を思い描いてしまう。
頑張れ、と、頑張らなくていい。この中間の言葉を私は知らない。
だから、その分晴乃のお願いとやらを聞き入れることにしたんだ。
でも、晴乃のお願いを聞いたとき私は杉咲と晴乃の想い合う強さに冷や汗すらかいてしまった。
晴乃のお願いは、楓から私を忘れさせてくれと言うものだった。手段としては、私が杉咲に告白して杉咲自身に晴乃以外も自分の事を好いてくれる人は沢山いると分からせるものだった。
私は晴乃にあることを聞いた。
「その手段が万が一上手くいったら、晴乃は何のために頑張ることになるの?」
晴乃が鼻を啜っているのは電話越しにも伝わってきた。だから、彼女の言葉を待つことにした。
数分、沈黙が続いていたがやがて晴乃は話し始めるた。
「私は、楓君に救われたんだよ。本来ならばもう自殺でもして終わるつもりでいたのに、彼が優しくするから、彼が本気で笑わせてくれるから、彼がなにも言わず話を聞いてくれるから。彼が私のために知恵を勇気を根性を費やしてくれたから。だから、私みたいな普通じゃない人が重荷になるくらいなら、忘れられたい。楓の幸せしか私は望まない」
「分かった。やってみる」
そう答えるしか無かった。
私にはわからない。たかが高校生の人間が誰かをここまで愛せる理由が私には一ミリたりとも理解できない。
それから、少しだけ月日が経ち、私はフラれたということを晴乃に伝えた。てっきり笑われるものかと思っていたが、晴乃は心底悲しそうにわかった、とだけ呟き電話は途切れた。
そして、晴乃の手術前夜。私には晴乃からの電話が来た。
手術前夜だというのに強ばりすら感じさせないいつも通りの明るい声色。晴乃は私に色んな事を話してくれた。
杉咲には酷いことを言って嫌われる努力をしたらしいが、それでも無意味なのだとしたらすべて杉咲の想うままにしてあげてほしいということ。
もし、目が覚めなかったとしてもその事を公言しないでほしいということ。目が覚めていない合図としては、術後一ヶ月以内に電話がなかったららしい。
杉咲の幸せを願うことの前提には私含め、晴乃の関わってきすべての人の幸せを願っているということ。
それが遺言のように思えた私は、またしても口を挟んだ。
「ちょっと、晴乃、」
「まって!聞いて最後まで!」
晴乃に私が話すことを止められたのは初めてだった。
「最後に夏希に伝えたいのは、私は目が覚めなくても必ず起きるから。だって、寝てるよりも起きてドタバタ、ジタバタ生きる方が私には合ってる!」
晴乃が生きることに前向きで心から安堵した。
「それから、夏希は…」
★★★
あの日の最後、晴乃は私に好きな人には嫌われるくらい好きを伝えてね。とそう言っていた。好きな人のために約束を破ることを私は怒らないとも言っていた。
晴乃は分かっていたのかもしれない。万が一、林田に私が杉咲にフラれたことを知られたら、この恋が枯れてしまうと。
まあ、バラしたのは私なんだけれども。
私は自分の重荷を下ろすためにも、林田に嫌われないためにも今ここで、晴乃との約束をほんの少しだけ破る。
「晴乃は、手術後目を覚ましてない。その事を杉咲が知っても落ち込まないように、晴乃を忘れてもらうように晴乃から頼まれて告白した」
どういう手段で、どういう想いがあったのか、事細かく話すと林田は頷きながらも「最低だ」と、呟いた。
「だよね…」
「違う、福森に告白されて断る楓の目や思考が最低だってこと」
「そこを責めるなら林田だってあまり変わらないんじゃ」
林田は頬を赤らめ「俺はコクられてねーし」と呟いた。
もしかして…。いや、まさかね。でも、もしかしたらもしかするかな?
「林田一樹!」
「はい!」
いつになくかしこまる林田はをみていると、告白しようとすることさえも馬鹿らしく思えてきてしまった。
「私はあんたには告白しない!」
「…。え!いまのする流れじゃないの?」
目を丸くして隙を突かれた林田の顔ときたら本当にアホ面で笑える。
でも、私にはこのくらい適当でアホな奴の方が合うのだと思う。
「私は、好きな人には告白されたい!」
だって、私もきっと林田に負けず劣らずのアホだから。ただ、私が彼を好きになったのは…。
「んだよ。じゃあ、好きだから付き合ってくれよ、福森夏希」
ほらね!こいつは私よりも絶対にアホなの。だから私はこいつがいいんだよ!
晴乃…。
あんた宛に書かれた忌々しくて気持ち悪い杉咲からのラブレター破ってごめんね。きっと、晴乃ならどれだけ気持ち悪い言葉のオンパレードでも、杉咲が書いたものなら喜んで受けとるよね。でも、破ったことはちょっぴり怒るよね。
そこは勘弁してほしいな。なにせ、私が破らなかったら杉咲はいまだに晴乃と会えてないだろうからね。
今にも消え入りそうな夕日に手を合わせ、私は静かに願う。それを見ていたであろう林田に「なにしてんの?」と問われるが「なんでもない」と誤魔化しココアを一気に飲み干した。
「さて、帰りますか。私の彼氏様」
林田もゆっくりと立ち上がり「はずいだろ」なんて言いながらも可愛らしく照れていた。
晴乃と杉咲が、私達よりもちょっぴり幸せになれますように…。
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