最高の友と眠り姫3


 室内が静寂の間となり、クラス内の小さな選挙も結果発表を残すのみとなった。この場にいる人間で結果を知っているのは担任の先生だけだ。




 普段から表情をあまり変えない先生なだけに、結果の予想すらも出来やしないと僕は思っていた。だが、その期待を見事に裏切るほど先生は笑っていた。その笑みがどういう意味を持っているのか、僕は知りたくて仕方がなかった。




「よし、結果発表するぞ」




 意図的に間をあけられると変に緊張してしまう。きっと林田君は緊張なんてしていないのだろう。そんなことを思って彼の方に視線を向けると、意外にも彼は身震いをしていた。




 あー、そうだ。彼だって緊張しているのだ。そう思えると僕の心は幾分か楽になっていった。


 それに、僕が負けたとしてもそれは当たり前のことなんだ。別に恥ずべきことでも何でもない。


 ただ、晴乃に会う理由がなくなるだけだ。まあ、それが一番避けたい事なのだが。




 静寂の間を切り裂くかのように、先生は声を出した。


「後期のクラス委員、男子は…」




 ★★★


 一日の授業を終えた僕らは、颯爽と教室を後にする。塾にいく者、家に帰って勉強する者。もしくは、スポーツ推薦で余裕をかまして遊びに行く者。色々な人がいるが、変わらないのは僕らがこの校舎にいる意味がないということだろうか。




 ただ、今日に限っては若干二名だけ先生に呼び出されていた。


 呼ばれたのは、林田君と福森さん。二人が何故呼ばれたのか、そんなことは簡単な話だ。クラス委員になった二人だからだ。




 僕は林田君に負けた。けれど、結果発表の時は本当に笑った。今思い出してみても笑けてしまうくらいに面白かった…。




 ★★★


「後期のクラス委員、男子は…林田に頼むことにしよう」


 結果発表した先生は何故かずっと笑っていた。そして、林田君と僕の方に視線を向けて口を開く。




「実はな、票には杉咲の名前がほとんどだった。けど、後期の委員なんて面倒なことを杉咲にやってもらうのは気が引ける。って誰かが書いてたんだ。誰かまでは知らんが、先生もそう思う」




 僕と林田君、多数のクラスメイトは頭上にハテナマークを浮かべていただろう。それを察してか、先生は笑顔で言葉を付け足した。




「要は、受験の控えた杉咲よりスポーツ推薦の林田に全部押し付けろってことだ」


 先生はわははと大笑いをした。本当に笑っていていいのだろうか、立場的に。




「なんだそりゃ!俺に厄介事押しつけたいだけじゃねーか。誰だっ、そんなこと思ってる奴!」


 林田君も別に怒っている訳ではなさそうだ。けれど、犯人は気になるのようで、冗談っぽく暴こうとしているようだ。近くで見ていて少しだけ笑いそうになる。すると、「なんだ、俺もそうやって書けばよかった」なんて声が聞こえてきた。




 その声の方に林田君が反応する。けれど、似たような声はちらほらと出てきて収まらなかった。所謂、いじり、というやつだ。


 林田君は顔をしかめたまま黙り混んでしまった。皆も冗談っぽく言っているは分かるがそれでも、人を傷付けない保証なんてない。




「林田君…」


 心配だったから名前を呼んだ。けれど、その先の言葉を考えていたわけでもなく、詰まってしまう。


 林田君は僕の目を見て、ゆっくりと口元を歪ませた。


「楓。これがお前のやってきた一年間の答えなんじゃね?クラス委員なんてお飾りでしかねーし、面倒臭すぎる。楓の振る舞ってきた優しさの分だけお前は優しくされてんだな」


「林田君…」


 しんみりとした。けれど、それも一瞬だけだった。何故なら、クラスの明るい男子が「黙って雑務やれよ、林田」なんていって、林田君は「あ?さては、てめーが俺の悪口書いたんだろ!」なんて、言い合いを始めてしまったから。




 溜め息混じりに僕は林田君の肩に手を置いた。


「いや、林田君の悪口は書かれてないって。落ち着いて」


 これもまた、最近の日常的な絡みの一つでしかない。だから、皆も落ち着いて見ていられるし僕も楽しい時間だと思っている。


 僕に肩を押さえられた林田君は、優しく手をどけるとニヒヒと妙な笑みを浮かべた。




「よし、俺がこのクラスで最後のクラス委員になったこと後悔させてやるからな」


 誰もがゾッとしただろう。そして、林田君が良からぬ事を企んでいると予想しただろう。




「あまり好き勝手をしたら私があんたを後悔させてやるからね」


 優しい笑みの奥に鬼の形相をもった福森さんも教室の前へとやってきた。


 黙り混んで調子に乗れなくなった林田君をみてクラスメイト全員で笑った。




 これ程に愉快だと思えると教室は、一年前の僕には決して知り得なかったであろう事。こんなにも楽しいことを知れば知るほどにやはり、晴乃が大きくなっていく。


 だから、演説に負けたあの場ですらも晴乃に会いたいと僕は思っていた。




 ★★★


 窓ガラス越しに聞こえてくる運動部の力強い声を聞きながら、僕は手紙を書いていた。誰宛の手紙か問われたら恥ずかしくてこの紙を破ってしまうかもしれない。けれど、大切な人へ想いをこめた初めてのラブレター。




 林田君と福森さんを待っている間に好きな子への手紙なんて危ない橋を渡っているのかもしれない。僕が手紙に集中して気がつかない間に覗かれていたら…なんて事を考えてみるとまたしても紙を破ってしまうかもしれない可能性を垣間見た。




 ただ、あの二人に見られたところで別に良いかなとも思う。いじられるし、茶化されるだろうけれど別に良い。林田君と福森さんとは色々とあった。悪いことも良いことも。あの二人は、僕が晴乃という道しるべを失った時、少し前を歩いて道を示してくれた。




「さて…書くかな」




 拝啓、日暮晴乃さん…。

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