最高の友と眠り姫2
晴乃のに会いたい…。僕の本心というのはたったのそれだけだった。
気がついたのなら一刻も早く会いに行けばいい。けれど、そう容易く約束を破れるほど軽い人間でもない。
だから、僕は一つだけ自らの目標をたてることにした。一年前では到底なりえないであろう大きな目標。
紅葉落ち始める十月半ば。僕らのクラスでは小さな選挙のようなことをしていた。
その選挙は後期の学級委員を決めるというものだ。とはいえ、三十人ほどしかいないクラスメイトだけなのだからそれはもう小規模なものにしかなりえない。
それでも、もし僕が学級委員にでもなれるとすればもうそれは奇跡だ。
その奇跡に僕はかけた。最後の試練としてみずからきめた壁を自ら壊していかなくてはならない。
それだけが晴乃のに会うための条件に成ると僕は思う。
福森さんや林田には意外といけるかもしれないと言われはしたがそれでも不安だった。
黒板に書かれた、林田一樹と杉咲楓という二人の名前。
それだけで、胸が苦しくなるほどに緊張していた。
「なに?クラスの人に演説するだけで緊張?」
そう言ってニヤニヤする林田を僕が睨むと、笑うのをやめ真剣な表情で僕に話してきた。
「もっと早く言ってくれれば俺はやらなかったのに…」
僕に気を使っていってくれているのが痛いほどに理解できる。僕なんかじゃ林田一樹という圧倒的知名度や人気には勝てやしない。
けれど、それでよかったんだ。そうでなくちゃ僕は普通の男子高校生にすらなれたことにならないのだから。
「いや、これくらいやってもらわなきゃ意味ない。本気で演説しろよな」
「あー」
きっと晴乃の言っていた場所は普通のところにあるんだ。病気を抱えていない普通の女子と独りぼっちじゃない普通の男子。
僕は、もう普通になれただろうか。
もう、君を待っていてもいいところまでこれただろうか。
晴乃と連絡が取れなくなってから僕はいつでも心の隅に君を見ていた。晴乃ならどんな言葉を選び、晴乃ならどういう風に行動するのだろうか、追い求めた先にはいつでも君がいた。だから、晴乃に拒絶された、あの日から僕は納得がいかないんだ。全ての選択権を君に丸投げしてしまった自分が気に入らないんだ。
晴乃は半年前僕との電話が嫌だと言い出した。それまでは毎日欠かさずにやり取りをしていたのにも関わらず、拒絶されるのは悲しかった。
晴乃の言い分では、どんどん変わっていく僕の明るい声色を聞く事がとてつもなく辛いのだと。色んな人と関わり、成長していく僕においていかれるようで心が苦しいのだと。だから、僕は晴乃から遠ざかる日々を心掛けていた。どれだけ、楽しい事があっても、それを晴乃と分かち合えやしない。どんな辛い事があっても、晴乃に比べれば大したことのない些細なことになってしまう。
晴乃はそう言ったことを気にしていた、僕もそんなことで晴乃に傷ついて欲しくはない。
違う。
僕は頑張りすぎる晴乃を見ることが何よりも怖くて、いつか消えてしまうかもしれないリアルに怖気付いて逃げ出した。自らの弱さを、晴乃に押し付けるは間違っている。
あの日、晴乃の気持ちを踏みにじれなかった事を謝りたい。
僕の嫌気がさすほどの君の笑顔をまた見続けていたい。
クラスメイトの前に立つのはそこまで大したことではない。ハードルもかなり低いのだと思う。けれど、僕はこの小さな演説にかち晴乃にもう一度会う。
静まり返る教室内に心拍数の高まりを感じた。拳を軽く握りしめ、息を吸うと懐かしきあの頃が蘇るようで蘇らない現実だった。クラスメイトの視線が僕に向けられるが、一年前とは向けられた視線の熱が違った。どこまでも温かくて、僕を応援しているのが見ていて分かる。
息を呑み、いざ言葉にする…。
事前に準備していた内容とはまるで違った演説になってしまったが、嘘偽りのない本心だけを述べる事ができた気がする。いや、そうに違いない。そうでなければこの落ち着いた心境に説明が付かない。
もし、僕に晴乃以外の生きる理由が必要ならば、それはきっと今この瞬間なのだろう。演説を終えたいま、という意味ではない。
僕は晴乃をきっかけに色んな人と関わりながら、助け合う喜びを知った。他人を傷つける強欲と愛を知った。大切な人に拒絶される悲しみを知った。大切な人の気持ちに応えられない辛さを知った。
人間の生き様、即ち、人生の素晴らしさに希望の光を見た。勿論、綺麗なものだけでは人生じゃないのは明確かもしれない。けれど、この先の人生がどれだけ歪んでも荒んでも、いまこの瞬間を共に過ごしたということは変わらない。一人の人を愛する事から、僕は学んだ。
そして、演説も言い終えたところで言い忘れていた言葉達を付け加えることにした。
僕の話を終わりだと思っていた皆はどう思うだろうか。なるべく長くならないよう完結にまとめる事を意識しながら、僕は思いの丈を打ち明けた。
「僕は、冴えない内気な性格でクラスを引っ張るなんて柄じゃない。でも、みんなの事は好きだから好きな人の為なら頑張れると思う。高校最後の思い出…皆の表情を一番近くで見たい。怒っている顔も悲しい顔も、楽しい顔も。僕は特等席でみんなを眺めていたい。結局、立候補した一番の理由は、こんなにも単純で気持ち悪い事なんだよね」
僕が笑みを浮かべた途端、クラスから、笑いが起こった。
その笑いにどんな意味があるのか。もしくは全く意味のない僕につられた笑いだったのかは定かではない。けれど、この時間すらも心地好いと感じる現実だけがここにはある。
あーやっぱり。晴乃…君は間違っていなかった。その事をもうすぐ伝えに行く。皆には薄情だけど僕の想いを一番届けたいのは、やっぱり晴乃だから。
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