最高の友と眠り姫1

 あれから一年が経ち紅葉が綺麗な十月、僕らは受験生になっていた。




 大学を選ぶだけでかなりの苦労が耐えないそんな日々を送った。大学のパンフレットなんてものはどこも似たような感じでできていて、結局は施設の良さなんかで決めた。




 勿論、受かったわけではない。けれど僕の学力ならば落ちる方の確率が圧倒的に低いと言えるだろう。




 結局、僕はこの一年間で気がついてしまったということだ。


 大切なのはどんな勉学よりもその周りに集うものだということに。




 残暑に体力を奪われながらも教室に辿り着くと冷たい空気が広がっていた。少しでも勉強に集中できるよう冷房でもつけているのだろう。




 室内はどんよりと重たくそれでいて居心地のいい空気感だった。




「楓、おはよ」


 僕にあいさつをしてくるのは林田一樹だ。


「うん」


「ところで、数学でわからんところがある」




 林田一樹とは二年の終わりの頃にかなり仲良くなった。それは間違いなく僕が変わったから。そして林田一樹も変わったのだろう。




 僕は林田君の席に向かい勉強を教えてあげた。すると、すぐ後ろの席から話しかけられる。




「あー、頭良いのにレベルの低い大学を受験する弱虫と大会最後のゴールを外した負け犬じゃん」




 失礼極まりない言葉を口にして微かに微笑んでいるのは福森さんだった。


 福森さんに林田君が言い返そうとするが、その威圧感にすぐさま敗けを認めているようだった。




 だから僕が口にする。




「三年になってからテストで弱虫に負け続けてる負け犬は福森さんの方だよ。弱い犬ってよく吠えるらしいじゃん。知らない?」




 平然と悪口を言い返すと林田君が僕の方をみて、またか、と呆れた表情を向けていた。福森さんも笑みを浮かべたままじっと僕を見ている。




「なに?二人して」


 すると、二人は顔を見合わせ妙な笑みを浮かべた。それからすぐに林田君が口を開く。




「たったの一年で随分と変わったよな」


 林田君の言葉に続いて今度は福森さんが話し始めた。


「そろそろなんじゃないの?」


「え、なにが?なにが?」と僕と福森さんを交互に見る林田君。




 そろそろだと言われて思い当たる節がある。けれど、今この時点で彼女がこの輪の中にいない以上答えなんてない。




 僕は彼女を迎えに行けるほどには変わっていない。そもそもの話なにをどうすればよかったのか。




 友達もできてクラスの人とも普通に話せるようになって、去年の独りぼっち生活からは打破できているのは間違いない。




 それでもきっとこれだけじゃ足りないんだと思う。




 すっかりしらけてしまった二人に僕は呟く。


「晴乃関連とは別に僕の生きる理由がない。それを見つけるまでは会いに行っても追い返される」




 福森さんは僕の言い分が気にくわなかったのか、力強く机を叩いて身を乗り出した。




「晴乃は、追い返すなんて当たり前のことも出来ない。いい加減、会ってよ。晴乃の家族でも…私でも…もう、起きないんだよ。だからって杉咲がきて目覚めるとは限らない。けど、けどさ、あんただけはあの子の特別だから!」




 僕は目をつむり晴乃との思い出を振り返った。というよりも、自分を見つめ直した。




 思い返せばたくさんあるようでたくさんなかった。それだけにもし、彼女がこの一年間を共に過ごしていたなら、なんて夢を想像してしまう。




 きっと、勉強にあててた時間が大半つぶれて成績はそこそこ落ちるだろう。


 きっと、たくさんの人とは一定以上の関係にはなれないだろう。晴乃は数人を連れまわりそうだから。




 きっと…僕の生きる理由は君一人だっただろう。




 君…一人。




 静けさすらある教室には校内のチャイムがよく響く。そのチャイムをきいて僕はなにも言葉にしないまま自席に腰を下ろす。




 言葉には出来なかったが、見つけてしまった本当の自分の答えに少し身震いをしていた。




 僕は自らの学力に不相応な大学への進学を選んだ。


 僕は林田君と福森さん。この二人だけとは一定の関係以上に仲良くした。


 僕は晴乃という一人の女性関連意外の生きる理由が一向にわからない。




 僕はずっと、晴乃といたんだ。




 晴乃がもし、この日常にいたのなら。なんて妄想の世界を自ら作り上げていた。無意識の間もずっと晴乃を想い続けていた。




 なにかの本で読んだことがある。


 人を愛すること意外はそれほど大切なことではないと。




 勿論それだけが人生だとは思わない。だが、裏を返せばそれも人生なんだ。


 僕みたいな人間の人生に多数の理由なんかなかった。




 晴乃に会いたい…。たとえ、半年前のあの日に手放してしまったとしても、僕は春乃をあきらめられやしないみたいだ。

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