いつからか好きになっていました…1

 晴乃の病院に押し掛けた翌日。僕は目覚まし時計が鳴るよりもはやく時子叔母さんに起こされた。


 今は、何事かと考えた末に二度寝しているところだ。




 すると、背筋に重たい衝撃が走り眠気が覚める。


「今、蹴ったでしょ?」


 そう言って身体を起こした僕は時子叔母さんに冷たい視線を向けた。けれど、そんなこと気にしていないようで目をそらされた。




 だから、この件について追求するのはやめることにした。


「で、なに?」


「晴乃ちゃんの具合どうなの?」


「あー、まあ、大丈夫。あ、大丈夫でもないんだったなー」




 曖昧な僕の回答に時子叔母さんには、ふっと笑い始めた。勿論、なぜ笑っているのかなんて僕にはわかり得ない。




 その笑顔はどこか嬉しそうで、安心しているようなそんな普通の笑顔だった。




「楓。あんたも成長したと思うよ」


「だから、なに?ちょっとうざいけど?」


「はあ?時子お姉さんがうざいと?」




 この時、時子叔母さんの中ではお姉さんなのだと思い出した。途端に哀れに思えてしまった。




「な、なによ。その視線は」


 そう問われると言ってしまいたくなる。いや、言わざるを得ない。




「時子お姉さんじゃなくて叔母さんでしょ。てか、叔母さんのほうが似合ってるよ」


 僕はそう口にした瞬間に、死を覚悟した。ゾッとするほどの威圧的な目力で時子叔母さんは僕を睨み付けていた。




「お、ね、い、さ、ん。リピート…アフターミー」


 どこから出ているのか分からない程の低い声が僕の脳内に響き渡り、気がつくと言われた通りにリピートしていた。




 そして、満足したのか時子おば…お姉さんは僕の部屋を出ていった。ドアをしめる強さが異状でガンッという音が室内に響いた。




「なんだよ…おっかねーよ」


 ドアがスーッと開き時子お姉さんはドアの隙間から顔だけだし僕を除いてきた。本当に怖い。




「な、なに?」


「いや、何となくだけど最近の楓の表情ってさ、姉さんそっくりだよ。それだけ!」


 ニコッと笑みを浮かべ今度こそ時子お姉さんは僕の部屋から遠ざかっていった。




 いつもより少し早いが学校の支度をすませた僕は駅へと向かった。


 晴乃が死ぬかもしれない。けれど、僕の想いは届いていたし、晴乃も同じ想いだった。その現実が僕のみる景色全てを色鮮やかに輝かせていた。




 僕が人間関係でもっと頑張れば晴乃にも会いに行ける。


 もし、晴乃が立ち止まっていたとしても僕が迎えにいけばそれでいい話なのだから、とにかく大切なのは今日からの日々だ。




 そう思って学校の門をくぐると教室にすら辿り着くこができずに担任の先生につかまり別室へとつれていかれた。




 怒られるのも無理はない。


 正直にいうと怒られることはべつのいいのだが、これからどうやって信頼を得ていくのかが大切だ。それなのに今回のことは僕の足かせになりかねない。




 別室に入ってかはかなりの時間が過ぎた。ドアが開かれ先生は笑って手をあげていた。


「ごめんな、待たせて」


「あ、いや悪いのは僕の方ですし」




 そう口にすると先生は首をかしげていた。が、ふとなにかを思い出したかのように口を開けていた。今にもあ~、という声が聞こえてきそうだった。




「あ~」


『ほら!』




「んまー、抜け出したのは悪いが別に青春っぽくていいんじゃない?別室に読んだのは日暮のお母さんにメンタルケアを頼まれたからだよ」




 今度は僕が首をかしげていると先生は僕の向かいの椅子に腰を下ろし話し始めた。




「楓君には全てを話してしまったから彼の心のうちが心配です。ご配慮お願いしますって、今朝電話があった。で、大丈夫か?」




 そう、先生に問われると何を答えていいやら。いや、僕には答えがあった。




「大丈夫です。二人の約束は片方が二倍頑張れば守れることもあると思うんで。メンタルケアということなら教室戻りますね。僕はこれから友達百人作らなきゃいけないんです」


「ふはっ。お前…それは小学校一年生だぞ?」




 僕は席をたち先生に背を向けてからもうひとつだけ答えた。きっと先生は知っているだろう。けれど僕自身の口から言いたかった。




「僕には友達百人より価値のある人がもういますけどね」


 ドアを開けた先にはクラスメイトが数人押し掛けていた。




「晴乃大丈夫だった?」


「学校の抜け出してまで会いに行くとかずるいけど、私たちには出来なかったよ」


 そんな。言葉をかけられて不覚にも胸の中がポカッと温まった。




「見直したよ。杉咲」


 目をそむけたままそう口にするのは、林田一樹だった。


 相変わらず僕のことはあまりすきではないみたいだが、それでも今この瞬間わかった。これまではなにかが違う…と。

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