現実の裏話(終)
何か適切な言葉がでてくればよかったのだがそんな言葉を言えるくらいなら僕は孤立などしていない。
「なんというか、電話します」
「それから?」
「それから他愛のない話しでもします。紛らわすとかそういうのじゃなくて、僕は晴乃と話せば大体のことには覚悟を持てるから…。だから約束を破らないために電話します」
車のエンジン音に耳を澄ませ晴乃のお母さんからの返答を待っていたのだが、窓に映る晴乃のお母さんをみて返答はないのだとさとった。
人は泣きながら言葉を発することが下手くそな生き物だから。
そう思っていた。けれど晴乃のお母さんはゆっくりと言葉にした。それは決して僕の答えに関することではない。
「あの子はね、去年病気が発祥してやけになってた時期があったの。痴漢に遭ったのも本当はその一貫でしかないっていってた」
どういうことなのか理解するために僕は集中して聞いた。
「どうでもよくなったみたいで晴乃のからあおったりしいのよ。けど、そこに偶然楓君が現れておどおどしながらも助けようとしてくれたんでしょう。それがやけになってた晴乃には衝撃的だったのね」
クラスメイトではあったが根暗で話したことのない男に気を使われた。それが衝撃的だったのだと思う。
けど、晴乃は僕までも取っ捕まえた。
「でね、嬉しさのあまり楓君の手も上にあげちゃってそしたら、楓君までつかまっちゃって…ってすごい楽しそうに話してた。それからは何か考えて頑張ってるみたいだった。そして、今年に入ってあなたの名前がたくさんでるようになった。私は嬉しかった、愛する娘は病気に負けず立派に恋をしてるんだって思うと」
僕が何かを話す暇もなく、車は駅のロータリーでエンジンを抑えていた。
それから、晴乃のお母さんは僕の顔をみて呟く。
「ありがとう。これからもあの子をよろしくね」
そういわれたときになにも言えなかった。
なんといえばよかったのかもわからずただ頭を下げ車を降りた。
それからは頭がぼーっとしていた。ロータリーを出ていく車を眺めながらも景色が歪んでいく感じがした。
その理由が涙だったということに気がつくことでさえ遅れていた。
僕はなぜ泣いたのか。
僕はなぜなにも答えないのか。
僕はなぜ、約束なんて守らなくてもいいから会いたいんだと正直に言えなかったのか。
全ては晴乃に嫌われたくないから。けれど、その選択が結果的に嫌われる選択なのかもしれない。そう思えているのに僕はなぜ約束を大切にする。
はじめての約束事だからか。
いや、そんなありふれた事なんかじゃない。
男のくせして情けない涙を流しつつ歩く。家につく頃一つ間違えのない答えを見いだせた。
僕は信じたくなかったのだ。
初恋の人が亡くなる運命にあるかもしれないと。
その運命を受け入れるとき僕は昔に戻る…。
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