現実の裏話3
決して強くは抱かなかった。少しでも強く力を入れてしまえば壊してしまいそうに思えて怖かった。
それでも、晴乃さんは僕に精一杯の力で返してくれていた。力はそれほど強くはないのだが、それでも僕のシャツをぎゅっと掴んでいることからそうさっした。
こんな状況になっても本当はいやがられてるのではないのか。これは嘘なんじゃないのか。
そんな晴乃さんに対して失礼な事ばかりが脳裏をよぎってしまう。
正直、その考えを捨てるなんてことは怖くて出来ないだろう。けれど、この時間がもっと続けばいいという考えも捨てるには綺麗すぎるものだった。
僕らはゆっくりを身を離して互いの目を見合った。どこか恥ずかしくて、それでも目をそらしたくはない。
その沈黙は僕が破った。
「晴乃さんと僕はこうして向き合ったことなかったよね」
「晴乃さんじゃなくて晴乃。呼び捨てにしてよ」
そう口にしてそっぽを向かれてしまい困った。
「は、晴乃」
「なにー!」
露骨に明るくなる晴乃は本当に可愛く見えてしまう。いや、そんな軽いことばじゃいい足りない。
「晴乃と向き合ってこれれば僕はもっとましな人間になれてたのかな。大事な場面で僕はいつも背を向けて逃げてきた」
次の言葉を言おうとしたが晴乃はそれを止めるかのように口を開く。
「私に背を向ける人なんて楓君くらいしかいなかった。だから楓君に興味を持ったの。恩着せがましくなくて、色んなモノに気がつくのに興味がなくてそれでいて今を変えようと足掻いている。矛盾だらけの楓君だったから私は買い物に呼んだ。帰りも一緒になれるようにした」
「…」
「約束しようよ」
晴乃はそう口にして小指を僕の方へと差し出し話を続けた。
「私達は互いに背を向けてばかりだけど、それでも楓君も私を想ってくれるのなら一旦、前を見ようよ。楓君は自分の求める生きるという理由を見つける。私は病気に打ち勝ってまたバスケをやる」
約束をしてしまってもよいのだろうか。そんな迷いがあることは否めない。
ここで約束してしまえば僕はかわらなければならない。本気で変わろうとしていたのだから大したことではない。
それなのに晴乃との約束だと思うと大したことにしか思えない。
それでも、こんなにか弱くか細い晴乃が足掻くためには僕も足掻くしかないのかもしれない。一人で足掻くことは辛いかもしれないけれど二人ならば…。
僕は重たい唇を上げて言葉にする。
「一人で変わるのは無理だけど…。晴乃が僕の背についててくれるのなら、二人で足掻き変わるのならやれる気がする」
僕がそう口にすると晴乃は笑みをこぼし、人差し指で空気に丸を描いた。
「地球って丸いじゃん?」
突飛な発言に首かしげてアンサーした。
「地球は丸いから、私たちが背中合わせに一歩ずつ真っ直ぐ進んでいったらどうなる?んま、背中は合わせられないんだけどね」
「いつかは交わる、って言いたいの?」
「そう!そこが私と楓君の次会う所」
僕らの次会う所は本当に世界のどこか、というわけではない。きっと僕と晴乃が自らの足で一歩ずつ進んでその先でまた会おうということだろう。
「次会う時には晴乃と僕は向かい合ってるわけか」
そんな些細な理想に胸を踊らせている自分を隠すことなどは出来なかった。
ただ、嬉しく思ったんだ。
車椅子に座る晴乃に近付き小指を絡めたときから、きっと恋は愛へと変わっていった。
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