現実の裏話1

 高校を抜け出した僕は福森さんに連れられ、時子叔母さんのいるであろう近所の病院を訪れていた。




 見る限り小さな病院でとても日暮さんのような容態の人が入院しているようには思えない。


 福森さんは院内入ると慣れたように受付の人と話していた。




 何かを話終えると直ぐに僕のところへと戻ってきた。




「どうだった?」


「今、あなたの家族呼んだから」


「は、い?」




 家族と言われて時子叔母さんが来ることは察することかできる。けれど、そのことを何故福森さんは知っているのか。




 いや、日暮さんの友達なのだとすればそのくらいあってもおかしくはない。




 暫く受付の前で立っていると時子叔母さんはやってきた。手には何か紙を持っていて表情は慌てているようなそんな感じだ。




 時子叔母さんは僕にその紙を渡すと笑みを向けてきた。


「二人ともよろしく言っといてね」




 時子叔母さんの言葉に福森さんは「はい」と返事をした。いまいち整理がつかないが僕は紙に書かれた病院を見て行くべき場所がわかった。




 何を言うでもなく、病院を出ようとした。すると、背後にいる時子叔母さんは「頑張れ」と言ってきた。




 そんな些細な言葉が僕には大きくて重たく感じてしまう。勿論、ありがたいという意味だ。




 流れる展開は想像よりもはるかに早く、時間はあっという間に過ぎ去っていく。それでも、福森さんと隣に座った電車のなかは静かで時間がゆっくりと流れている気がした。




「朝、ごめんね」


 突然謝られ、僕は首をふる。


「いいや。僕が日暮さんを傷つけたのは事実だし」


「でも、それは誰にでもあるような些細なことだったんでしょ」




 そう。本当に些細なことだった。けれど、その些細なことが日暮さんを苦しめていたことこそ目を向けるべき所なのだろう。




 それから、僕は手術前に連絡をするべきだった。日暮さんの手術が失敗だったのは僕が与えた精神的ストレスに左右されていたのかもしれない。




 たぶん、福森さんはそう思って僕には腹を立てていたのだろう。だが、実際に僕自身そう思ってしまう。




「手術ってさ、精神的に安定してないとやっぱり失敗したりするものだよね?」


 恐る恐る、僕は福森さんに問う。




 福森さんは俯き始めてしまった。返ってくる言葉もなにもなく流れるだけの沈黙。だから、僕が話すことにした。




「日暮さんってわがままだけど優しくて、意外と性格悪くて意地っ張りで。優しさと容姿を差し引いたら悪いところだらけなのに、あの笑顔が全部プラスに変えるんだよね。だから大丈夫だよ、またあの忌々しい笑みを浮かべて話し出すから」




「なに、それ」


 小さく呟かれたその声は明るさを秘めていた。


 福森さんは俯いていた顔を上げて、今度は僕にも聞こえる声で話し始めた。




「晴乃が性格の悪い部分を見せたり意地っ張りな部分を見せるのは杉咲の前だけだよ」


「そうなの?なおさらダメじゃね?」




 福森さんはふふっと笑みをこぼし話を続けた。


「晴乃が言ってた。楓君は私の価値を低く見てる。だから、これ以上低くなることはないんだよ。ちょっと悔しいけどそれが今は一番信じられるし、気持ち的に楽みたいなことをね」




「いや、僕的に日暮さんの価値は物凄く高いとおもってるんだけど。それこそ雲の上の存在ってくらいに。あ、それはないや言い過ぎた」




 福森さんはあははと笑っていた。その光景が何よりも生きてるって感じがして気持ちよかった。




 僕らは電車に揺られ、話ながらも片道三十分かけて都心部の駅でおりた。そして、駅を出てから数分あるいた先には大きな病院があった。




 見るからにどんな大病も治してくれそうな立派な病院。足を踏み入れることに躊躇してしまいそうになるが、またしても福森さんは手慣れているかのように自然とカウンターまで足を運ぶ。




 福森さんはカウンターの人と話をつけてから、僕に病棟の七階に日暮さんがいるということを伝えてくれた。




 ただ、日暮さんに会うためちは親族の許可が必要らしく、もしかすると日暮さんの親族と知り合いではない僕だけは会えないかもしれないということだ。




 ここまで来て会えないのは少し腑に落ちないがそれでも致し方ない。




 エレベーターに七階のボタンを押すと身体に軽く重力がのしかかってきた。


 七階に到着するまではほんの数秒。ドアが開くと目の前にはショートカットの綺麗な叔母さんが立っていた。




 すると、福森さんは僕の横をすり抜けその叔母さんに抱きついた。叔母さんも福森さんを受け止めるように抱き締めていた。




 おそらく、この人が日暮さんの母親なのだろう。


 なんといえばいいのか分からない。それでも、向けられる視線には答えなくてはならない。




「こんにちは。自称、日暮さんの友達です…」


 場の空気は静まり返り、自分の選んだ言葉に誤りがあったと気がつき、気まずくなった。




 僕は所詮この程度の人間だ。むしろいつも通りと言える。だから、逃げるわけにはいかない。日暮さんはもうすぐ近くにいるのだから。

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