夢を見ていた夏の終わり

 季節が変わり始める九月。夏という概念は当に捨てているのにもかかわらず、日差しの強さは夏同様のもだったた。


 そんな中、憂鬱な学校生活が再び始まりを迎えようとしていた。




 教室に入り一番に目を向けたのは日暮さんの席だった。八月の中旬には一度メールをおくったのだが、未だに返信もなく何かあったのではないかと考えた。その一方で、些細な諍いをきっかけに縁が切れてしまったから返信がないという考えもある。




 僕的には後者の考えの方が濃厚だと思っている。というよりは、この二択なら後者であると信じたい。




 無事でいてさえいれば、なんとでもなるのだから。僕なりに考え、悩み、沢山の本を手に取り自分の気持ちや他人の気持ちを感じ取る努力をした。その結果何が変わったなんてのは分からない。けど、少なからずではあるが僕自身の感情くらいはちゃんと理解出来る様になった。




 仮にそれが間違えなのだとしても、真剣に考えて悩んだ先の間違いは必ず意味のあるものになる。




 教室のドアが開き視線だけ向けると、福森さんが入ってきた。その姿、表情に以前の健康的な面影はなかった。




 どこかくたびれたような福森さんは僕の方を睨み付けてきた。思わず目をそらしてしまうが、なぜ睨まれているのか心当たりもない。




 ただ、福森さんは眉に皺をよせながら一歩、また一歩と僕の方へ近付いてきた。そんな怖い姿を横目に見ながらも僕は考えた。




 それでも、答えが見つかるはずもなく突然頬に衝撃がはしり熱くなった。僕はこの感覚を知っている。そうだ、あの時の林田一樹の一件と同じだ。僕はなぐられたんだ。




「あんた性根腐ってんじゃないの…」




 彼女の言う通り僕の性根とやらは腐っているかもしれない。それでも、今に始まったことではない。つまり、僕の思い当たる節はない。




「あんた、晴乃に何言ったのよ。な、何を言ったらあんな風に…」


「ひ、日暮さんがどうかしたの」




 暫く、連絡のとれていない日暮さんの名前がでてきたことにより僕は思いがけない程に食いついてしまった。




 そんな僕を福森さんは度々睨んできた。


 正直、逃げ出したくなるくらいに怖かった。一度は仲良くなれていたであろう人にこうまで睨まれるのは胸が痛い。けれど、僕は知りたい。




「日暮さんから連絡がこないんだ。何かあったなら教えて欲しい…です」




 僕はそう口にしたが、すぐ先生が教室に入ってきて出席確認よりもかなり早めの時間だというのに僕らを席につかせた。




 それでも、室内は少々ざわついていた。


 その理由として耳に入ってくるのは福森さんが僕を殴ったこと。そして、一番大きかったのは僕が日暮さんの連絡を待っていたと言うこと。




 流石に図々しいとか思われているのだろう。せっかく少しずつ関係を築き始めていたというのに台無しだ。




 こんなんじゃ今日の授業はなにも理解できない。無論、他人の話すらも理解できないだろう。




「日暮の件について皆に言っておくことがあります」




 先生から発せられた言葉に僕は直ぐ様顔をあげた。




「えー、まず日暮は暫く学校には来れません。これから話す事は日暮のご家族の方が皆に伝えて欲しいと言っていたからなんだが、落ち着いて聞いて欲しい」




 時間が止まった。心臓の音がドクン、ドクンと脳内にゆっくりと響き渡り先生が口を開くのすらスローモーションに見える。




 周囲が静まり返っているのせいでもあるのだろうが、先生の声は妙に聞こえやすくて遠く感じた。




「本人の意思で皆には伝えていなかったが日暮は病気を患っていて、八月に手術を受けた…」


 先生はその先の言葉を口に出せずにいた。下唇を噛み締めて言わねばという気持ちが伝わってきた。




 その姿から何かを悟るように周囲からは鼻を啜る音が聞こえ始めた。


 そんな中、先生はようやく言葉にする。


「ダメ、だった。生きてはいるが意識はない」




 その言葉に周囲は涙を流していた。おそらく、日暮さんに関わった者で涙を流していないのは男女問わずに僕と福森さんだけだった。




 先生も泣いていて話が進まずにいた。どんな容態でこの先にどうなるのか、なにも分からない。




 だから、先生をまっすぐ見ていると僕と先生の中間の位置にいる福森さんは僕の方を見てきた。


 再び目が合う、だが今度は睨まれたりなんかしなかった。




 福森さんは席を立ち先生のすぐ横まで移動し、僕らに向けて話し始めた。




「皆はなんで泣くの…。まあ、悲しい気持ちも分かるけどさ、それでも晴乃は皆を泣かせたかったんじゃない。皆と当たり前の日常をこれからも過ごしたかっただけじゃん。私は病気のこと知ってた。皆にも言おうと思ったけど当の本人が日常を壊したくないってきかなかったんだよ。晴乃は嘘をついてでも壊したくなかったんだよ」




 周囲の人間は話どころではなさそうだ。それだけ日暮さんという人は大きい人だったのだろう。




 福森さんもあんな強がりを口にしてはいるものの目は潤んでいた。


 そんな彼女の姿をみてつい先程の行動にも理解ができる。きっと、手術前に日暮さんを傷つけたであろう僕に怒っている。


 それとも、手術後にメールをしたということに怒っている。もしくはその両方だ。




 この情報は瞬く間に校内にしれわたり昼休みに入ることにはちょっとしたパニックにまで発展していた。




 僕は荷物をまとめていた。周囲は日暮さんのことで僕なんかを見る人は一人としていなかった。それが逆に好都合となり、僕は極自然に昇降口を出た。




 それから閉められた門をよじ登り脱出。


 職員室でも日暮さんのことは影響しているようでこんな昼休みに見張りの先生は一人もおらず、簡単な脱出になっていた。




「待ちなよ」




 そう思っていたのだが僕の背後から声がした。門を飛び越えたところさえもきっと見られているだろう。降参する気はないのだが振り向くことにした。




 その先には福森さんが立っていた。先生ではなかったことに僕は安堵した。




「どこいくつもり?」


「日暮さんの所」


「場所知らない癖に」


「うん、知らない。けど、病院に限りはあるから」




 本当は福森さんに聞いていきたかったのだが、僕にそんな資格はない。だから地道ではあるが大きい病院を一つずつまわっていくしかない。




「そんなの効率的じゃないでしょ」


「えっ」




 福森さんはスカートをなびかせ僕よりも格好よく門を飛び越えてきた。




「行くんでしょ?」


 そう問われ、僕は頷いた。


「ああ、行くとも」




 僕が行っても何にもならないことは百も承知だ。けど、校内の皆のように悲しむだけじゃそれで終わってしまう。




 何もならない現状を変えたくて僕は歩き始める。

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