真実は突然に(終)
しばらくベッドの上で談笑した。けど、いつまでも同じところにいられるほどに日暮さんはおとなしい人ではない。
日暮さんの提案で僕らは一階へ戻ることとなった。それからは僕がコーヒーを入れて二人で飲みながらいろんなことを話した。
僕も少しずつだけど心から笑えるようになっていった。それはきっと日暮さんの力なのだろう。
日暮さんはコーヒーをすすり、静かな笑みを浮かべ、視線はコーヒーに向いたまま口を開く。
「私が楓君に目をつけた理由知ってる?」
「教えてくれるわけ?」
僕がそう、問い返すると日暮さんは僕をみて笑っていた。
「謝れるより感謝されたいってなんかいいなーって思った。楓君は覚えてないかもしれないけど、春先にまだ入りたてのバスケ部の後輩君を楓君がきにかけたとき近くにいてさ」
「ううん。そうじゃないね」
首をふり自分の言葉を否定している日暮さんをみて僕は首をかしげていた。すると、力のこもった視線を向けられた。
「一年前の電車の時から私はあなたに恋をしています。病気のことを知ってヤケになってた私は楓君と話すことの楽しさを知りました。それからは今話した後輩君とのことをきっかけに近づいた。一年前から私の世界は楓君を中心にまわってたんだよ」
好かれていた、ということを言いたいのは分かる。けど僕はそんなありがたい言葉すらも。いやありがたい言葉だからこそ信じがたい。
「僕のどこに…。一年前だって散々言ってたくせに」
僕がそう返答すると日暮さんは笑みを浮かべ口を開く。
「あの時は情けない奴だと思ったよ。けどそんな情けない君が何かを決断して私を助けようとしてくれていたことにも気がついてた。だから、日常的に君を目で追うことが多くなったんだと思うよ。それだけ」
あの時の他愛のない判断に日暮さんは好感を抱いてくれた。それは本当に偶然で必然的なことではない。だから、僕が日暮さんに好かれるなんて間違いでしかないんだ。
僕なりの言葉でその真実を伝えようとした。が、日暮さんは僕が話し始めるよりも早く話し始めた。
「なーんてね!嘘だよ嘘!あはは、そんなに私に好かれたくないわけ?顔、険しすぎ」
そういって笑っている日暮さんの言葉を聞いて安心した。
ただの冗談なのだとしたらなにも間違えてはいなかった。そもそも日暮さんが僕に恋をするなんてあり得るはずがないんだ。
そんなこと知っていた。騙されてなんかない。けど、それならなんでそんな冗談言ってくるんだよ。
何に苛立っていたのかは分からない。
ただ、無性に苛立っていた。
「そういうの本当つまらないし、うざったいよ」
普段よりも胸の中が黒く濁っていて、口にした声すらも嫌悪を乗せている気がした。
「ごめん…」
室内には気まずい空気が漂い、しびれを切らした僕はさらに追撃を食らわす一言を口にしていた。
「病気のことはお大事に。今日はもう帰ったら?」
「あ、うん。そうするね」
好きでもない僕をからかって楽しんで、騙されるわけないのに。
玄関で靴を履く日暮さんの小さな背をみて僕はいつかの教室でのことを思い出した。
遠退いていく届かない背中。今は届く範囲にある、
けれどだからといって掴みたいかは全く別の話。
僕は今の日暮さんを信じれはしない。
靴を履き終えると日暮さんはこちらを向くことなくドアに手をかけていた。そして、そのまま呟いた。
「じゃあ、ね」
「うん。病気治ったらまた、学校で」
日暮さんは声には出さなかったが頷き、僕の家を出ていった。
日暮さんの立っていた所の床に小さな丸の跡が二つ出来ていた。それが、涙をこぼした後なのだと言うことなのは容易に察することができた。
というよりも、僕はなんとなく日暮さんが泣いているのだということは分かっていた。だから、足元まで視線を落としたんだ。
ドアの向こう側へと消えていった日暮さんの残像に僕は問う。
「どっちなんだよ。わかんないじゃんか」
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