恋い焦がれる乙女の一面1
今日もまた自室の時計を睨みながら一日が終わると思っていた。こんなに寝ているのでは身体がなまってしまいそうだ。
午後七時を過ぎた頃、私の部屋にノック音がコツコツと鳴り響いた。最近はこの時間帯になるとお母さんがお粥を持ってきてくれる。
ドアが開きお盆にひとつだけの茶碗と一杯のお水。そしてそこそこ多めの粉薬。これらをのせて私のベッド横まで歩いてくる。
「体調はどう?」
お母さんは一言一句間違わずに毎日同じことを聞いてくる。だから私も一言一句間違わずに「大丈夫だよ」と答えるの。
本当はもう少し言葉を変えてもらいたい。そうすればこの日常が反復作業のようには感じなくなるかもしれないから。
私は自ら身体を起こしお母さんからお盆を受けとる。いつもいつも梅干しひとつのお粥。口に入れるが美味しいと感じることも不味いと嫌になることもない。
「ごめんね。お母さんもっと勉強してお粥のレパートリー増やすからね」
それはありがたいことなのだけれど、私は素直に喜べない。私に費やせば何かがおろそかになる。
私のお母さんはバリバリ働くような人で会社の上司からは信頼されていて、部下からは尊敬されているようなかっこいい人だ。
けど、料理だけはダメダメなんだ。私が料理の出来る子じゃなければ毎日コンビニ弁当か外食になっているのではと何度も思わされた。
でも、違っていた。最近のお母さんは休みの度に手のどこかに火傷の跡を作っている。
鍋は熱いからハンカチみたいなのじゃ火傷するよ?
フライパンは余熱でも熱いから使い終わったら水入れるんだよ?
フライパンとか洗うのは時間たってからじゃないとまた火傷するよ?
口にしたくてもする必要がなく思える。自ら考え失敗して改善していく。私のお母さんはなんでも一人でやっていけるような凄い人なんだから。
だからたぶん、お母さんは全部うまくやってしまうのだろうなと思う。
「じゃあ、薬も飲んでおくからお母さんは仕事戻っていいよ。本当いつもごめんね」
すると、お母さんは笑みを浮かべて私の額に優しくこぶしを打ち付けてきた。部屋から追い出しそうとしているとか勘違いでもされたのだろうか、それなら謝らなくてはと思っていたが、それは違ったようだ。
お母さんは笑みを浮かべたまま今度は私の頭を撫でて話し始めた。
「お母さんはごめんって言われるよりもありがとうって言われたい。だってその方がさ、気持ちいいもんね」
いつだか同じようなことを面識のない後輩に言っている人がいた。彼は結局頑張れているのだろうか。
私のついた嘘に気が付いてくれているのだろうか。
私…嫌われてないかな。
「お母さん…ありがとう」
「うん。食べ終わったら薬ちゃんと飲みなよ」
「分かってるよ」
お母さんとも会話が終わり自室に独りぼっちになってしまうと寂しさが増していった。
なにか理由をつけて彼にメールを送ろうかと思ったが返信なんて返ってきたためしがない。それに今は誤解されていることだろうし。
成す術のないもどかしさは消えることなく私を苦しめていた。テレビをつけてもどこか他人事すぎて面白くない。
以前までは輝いて見えていたはずの人気俳優も今では普通の人にしか思えなくなっていた。私は胸の高鳴る瞬間を忘れた。
そう思っていると私の携帯が鳴り出した。
携帯の画面に表示されるのは夏希という名前。つい最近長い間の仲違いを乗り越えた私の親友だ。
私達はお互いにプライドが高いから喧嘩をすれば長くなる。けど、本当は喧嘩した次の日から仲直りしたい気持ちを出せずに隠している。
たぶん、彼が。楓君がきっかけをくれたから私達は素直になれた。
「もしもし?」
「やっほー、元気してかー?」
長話になると悟った私は携帯を耳に当て続けるのはかなり疲れるだろうと思いスピーカーに切り替えて話す。
「んまー、そこそこ元気だよ」
「ならよかったー」
あ、それだけ?そう思うと私の携帯から通知オンが鳴り出した。
夏希が何かを送ってきたのかと思い通知を確認する。
「えっ」
私の驚く声に夏希が「なに、どうかした?」と心配していた。
「だ、、ぃじょーぶ」
たったひとつ通知が来ただけ。それなのに私は言葉すらまともに話せなくなっていた。そんな私の声の変化を嗅ぎ付けた夏希が鼻で笑いながらも私に訪ねてくる。
「泣いてんの?」
「うん…」
「なんでよー。普通に怖いし心配になる、何があったの?」
私は一度深呼吸をただし、冷静さを取り戻してからゆっくりと言葉にした。
「楓君から、メールきた」
「は?あ、いやそれだけ?」
そうだよね。うん、わかるよ夏希の気持ち。たかがクラスメイトからメールがきたくらいで泣くなんて変だよね。
けど、私にとって楓君からメールがくるなんてことは宝くじが当たるくらいのことだから。夏希は知らないと思うけどそれだけ楓君のメールというのはレアなんだ。
でも、泣くほどのことのようには思えない。だから私は夏希に問う。
「夏希。私、凄く嬉しいのになんか涙が溢れちゃう。悲しくないのに…むしろ、嬉しいのになんで笑えないの」
電話越しに溢れる夏希の溜め息は彼女の呆れる表情を鮮明に思い出させた。だが、夏希が呆れた表情をしたとき決まって笑みを浮かべなおして私になにか言葉をくれる。
「晴乃が羨ましい。私には泣くほど好きな人いないから…。ちゃんと返信しなよ。そんで連絡に一段落着いたら電話してきて。話聞いてあげるから」
「うん。分かった」
以前から楓君のことは周囲の男子よりは好きだと思っていた。それが学生の恋だと言うことくらいには気がついていた。なぜなら、私だって女の子なのだからどっかの独りぼっち君より鈍感じゃない。
けど、知らなかったこともある。
私は楓君の短い文で、私だけに向けられたたった数文字で世界をきらびやかに変えられてしまう。
なんて、返信しようか考えるのが楽しくてつい時間を忘れる。
メールを送れば携帯を開いては閉じる意味のない行動を繰り返し、楓君はどう返信してくれのか、もしくはまた返信はしてくれないのか。
ワクワクとドキドキがとまらなかった。
携帯の通知音が鳴り響き素早く手に取りメッセージを見る。つい、にやけてしまうが誰もいないのだからと、構わずに全力で口元を緩ませた。
枕に顔を埋めて、誰からも聞かれないように小さく呟いた。聞かれたくないのなら口にしなければいいとも思うけど、それでも声にしないと胸につっかえているみたいで苦しくなってしまう。
「楓君に会いたい…」
両足をバタバタとさせ、私は自分の言葉につい胸を熱くしてしまう。
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