仲直り(終)

 夏という季節に入り日が落ちるのは遅くなった。かといって何がどうなるってわけじゃない。ただ、日が沈むよりも早く帰宅できる。




 べつに時間の流れが変わるわけでもないのだから僕にとっては本当にどうでもいいこと。




 家につき、自室へ向かう。




「楓~」




 珍しく居間の方から僕を呼ぶ声がした。居間を占領しているのは、勿論時子叔母さん。




 数年前までは親戚がちらほらといたはずなのに気がつけば皆でていってしまったみたいだ。


 昔いた人が誰なのか、出ていったのがいつ頃なのか、僕はなにも知らなかったんだ。




 居間の扉を開けると時子叔母さんはテレビを見ていた。


「仕事は?」


「やめたよ」




 呼ばれてきて冗談に付き合わされるのも面倒だと思いてきとうに話を合わせることにした。




「じゃあ、次の仕事見つけないとね」


 すると、時子叔母さんは真剣な表情で答える。


「あー、それなら大丈夫。来月からは近くの病院のナースの手伝いだから」


「へー、そりゃ立派だね」




 時子叔母さんは僕の興味のない返事に顔をしかめた。


「あんた信じてないでしょ」


「勿論」


「まあ、いいよ。とりあえず私がヘルパーとしていくのはすぐ近くの病院ね。あんま大きくないのに凄い先生がいるんだってさー」




 せんべいをかじりながそう呟く時子叔母さんの様子からするに、もしかすると本当なのかもしれない。そんな選択肢も増えてしまった。




 でも、長居はしている暇がない。


 今日の僕は日暮さんにメッセージを送るという用事があるのだから。




 自室に戻り携帯と睨み合う時間が流れ始めた。文字をうっては堅苦しいと消す。柔らかい感じを意識すると重みがなくて軽薄な人間に思えてしまう。




 その中間をみつけることが出来ずに文字を打っては消していった。疲れるようなことをしているわけでもないのに物凄く疲れる。




 考えに考え抜いた末に僕が選んだメッセージはシンプルだった。いや、日暮さんからは気持ち悪がられルかもしれない。




『元気?』




 明らかにただメッセージを送っただけ。こういうのは好意を持ってる人にやるようなことだろう。だが、僕は知っている。




 クラスの女子は好きでもない人なら用もなく連絡が来ると女子同士の笑い話の種に変えてしまう。




 もっと言えば嫌いな人からメッセージが来れば用があったのだとしても、あえて用を作り話しかけてきたという悪の言葉に変換されてしまう。




 僕は誰とも関わらずにクラスにひっそりといた人間だからこそ、そういった陰口はいやというほど聞いてきた。




 それでも僕がこの言葉を選んだのは、かける言葉が本当に見つからなかったからだ。




 なにも送らず後から福森さんに怒られてクラスで目立つのは嫌だ。かといって日暮さんに気持ち悪がられるのも気が引ける。




 じゃあ、この二択。どちらが嫌か。そう考えたときに思った。


 日暮さんは何度嫌っても何度も友達になってくれるのではないか。と。




 そして、僅か数分で僕の携帯のバイブレーションが鳴った。


 恐る恐る携帯を開くと画面には二件の通知が来ていた。




『元気過ぎて困ってるよ!』


『そう言えば体育祭で二回も転んだんだって?(笑)』




 文字ですらバカにしている姿が浮かんでくるのはなぜだろか。


 もしかすると、日暮さんは僕の無意識の意識のなかでもバカにし続けているのかもしれない。




 そう思うと文字を打ち返す指が早くなった。




『体育祭の日をすっぽかした人には言われたくないね』


 それからも僕らの遠く離れた会話は続いた。




『えー、そう言うこと言っちゃう?』


『皆は日暮さんに遠慮して言わないだろうから僕だけは言うよ』


『なにその僕だけは理解してるみたいな自意識過剰発言。私とは友達じゃないくせに…(笑)』


『その節は本当にごめん』


『いーよ。メールくれたから許す』




 それからどれだけ話したかはわからない。気がつくと朝になっていて自分が眠ってしまったことに勿体なさを感じた。




 僕が眠りにさえつかなければもっと日暮さんと話すことが出来ただろう。


 携帯を開くとやはり日暮さんからのメッセージが来ていた。




『もんじゃとかもいいよねー』


 話すたびに話はそれていって気がつけば自分の好きな食べ物を紹介しあって、僕が寝てしまった時は高校の行事が終わったあとの打ち上げはどんな料理がいいかという話題だった。




 勿論僕は行かないからなんでもいいと言ったのだがそれはダメらしく。しっかりと考え、鉄板系と答えた。そして、そのアンサーが今日きていた返信だ。




 そして、僕が寝たときがついた日暮さんは少し時間を空けてもう一通おくってきていた。




『またメールしてね。いつでも待ってます』




 そのメールに浮かれ気分にさせられたのは認めるとしよう。このメールだけで僕は今日一日を頑張れてしまうのだろう。




 この頃わかり始めたのだが、僕は思っていたよりも単純な人間らしい。




 普段よりも軽い足取りで駅にむかい電車に乗る。いつもと変わらない車両。そこには偶然、福森さんがいた。




 偶然とはいえ日暮さんと話したことは伝えておきたかった。だが、僕に気がついた福森さんは僕から目を反らした。




 その意味を知りたいと思ったのは友達になりたいと思っているから、なのかもしれない。

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