不可思議の本気4
静まり返る教室の中、僕はまたか、と呆れていた。
確かに発端は僕でも日暮さんでもない。けど、今ここで日暮さんが出てくるのはおかしい。
「私はリレー勝てなくてもいいって思うけど?」
林田一樹に面と向かって言葉にする日暮さんの行動に周囲がざわめき始めた。一人一人の声が小さくとも多数の小さな声が聞き取れない音となり室内に響いていた。
一方、林田一樹は「なぜ?」と首をかしげていた。
その質問に日暮さんは呆れた表情を浮かべながらも口を開いた。
「体育祭とかそういった勝負事の類いはね、勝つためにやってるんじゃないでしょ。部活とは違って行事なの。教育なの。勝つために手段を選ばないやり方は部活だけにしてよ」
「は?マジでお前、最近おかしくねーか?」
その声色がやけに黒くて明らかに怒りを込めた言葉だった。この声は最近にも耳にした。そう、僕が殴られたときと同じ声色。
その事にも気がついているはずなのに、日暮さんはそれでも怯むことなく言葉にしていった。
「大体、やり方が気に入らない。真剣にやり始めた人間の名前を皆の見えるところで塗り潰して。前はちゃんとやれみたいなこといって、今度は足が速くないとわかれば今度は走らないでくれ?あんたこそ何様のつもり?」
「なんだよ。リレーの練習に一番来てない晴乃が今さらなんなんだよ。バスケも半端、学校行事も半端。最近の晴乃は、前みたいに真っ直ぐじゃない。素直に笑えてない。何かあったのかよ…」
先程とは一変し今度は優しい声だった。本当に心配をしているのが伝わってくる。だが、それだけに腹が立つ。
日暮さん自身は少しばかり気持ちが揺れてしまってのかもしれない。目がひどく弱って見える。
この二人の口論に僕なんかが入る隙間など無いのは分かっている。林田一樹と日暮晴乃の関係は僕らの関わってきた一ヶ月そこらとは年期が違う。
だから、いつでも彼には。彼らには敵わないのだと思っていた。日暮さんを僕よりも理解しているのだと思っていた。
けど、違ったじゃないか。福森さんだってそうだった。誰も彼女の言葉に耳をかそうとは思わなかったじゃないか。誰も聞こうとはしなかったじゃないか。
「今じゃない…」
「あ?」
鋭い眼光と低い声色が僕に向けられた。それでもここで怯むわけにはいかない。
「今じゃないだろ。なんで…なんでもっと早く今の言葉を言ってやれなかったんだっ」
僕みたいな静かな人間が声を張ると林田一樹と日暮さん含め多数の人が肩をあげた。
「大事なことだから俺は言って貰えるのを待ってたんだ。杉咲には分からんだろうが、気を使ってたんだよ」
そんなのは言い訳だ。気が付かなかったんだ。気がついても聞き入れる勇気がなかったんだ。だから、日暮さんは君らとは正反対の僕に目をつけた。
でも、それだけの役割だったってことが本当は一番悔しいんだ。
「大事なことだから…大事なことだったから言わないし言えないんだ」
「少し遊んだくらいでもう分かり合った気になれるって凄いね。本当に晴乃がかわいそうだわ」
「日暮さんはさ、服選び程度でも本気だし、でっかいわたあめ買ってきて幸せそうに食べるし、泣いたりもする。真っ直ぐで素直ないい笑顔で笑ってる。僕は忌々しい笑顔だとか思ってたけど、今じゃ僕の人生の楽しみのひとつになってるくらいだ」
つい、口走ってしまったことがものすごく気持ち悪くて日暮さんも目を見開き引いているように見える。
笑ってすらくれないってことはやっぱり想像をはるかに越えた気持ち悪さだったのだろうか。そう思っていると林田一樹が呟く。
「好きなの?」
「え?」
そう問われると思わず日暮さんの方に視線を向けてしまう。目が合ってしまい目を反らす。
クラス全員の前で聞かれると物凄く恥ずかしい。僕も日暮さんも恋仲ではない。何故だか体温が上がっていくのを感じるが、僕は答える。
「好きじゃない。友達としても全く。ただ日暮さんがしつこかっただけだよ…」
この場で少しでも好感があるようなことを言ってしまえば僕の日常がまた大きく崩れだしてしまう。
怖かった
それに今ようやく分かった気がした。
林田一樹は自己中心的な考え方を持っているが、運動神経はよく、人付き合いもちゃんとしている。
そんな彼と日暮さんは良く似合う。友達としても恋人としても。
きっと彼なら僕のように振り回されるなんてことにはならない。互いに振り回しあって上手く距離を保っていくだろう。
そう思うと次の言葉はすんなりと浮かび上がった。
「林田君。本当は走りたくないからその提案受け入れたいんだよね」
突然、物分かりのよくなってしまった僕に対して驚きつつも彼の声は穏やかになっていた。
「あ、そうなのか。うん、じゃあよろしく頼むな」
「うん…」
呆気なく幕は下ろされた。
だが、日暮さんは僕の席の前から離れることはなく震える声で尋ねてきた。
「冗談とか抜きで迷惑だったの?私の相談に乗ってくれたのは気紛れだったの?私達…友達でも無かったんだね…」
吐き捨てるように言われたその言葉をすぐに否定したいと思った。でも、僕は思い上がりすぎていた。自分の気持ちとかまでは言えなかったが普段我慢して言えない事を口にしたら何故かスッキリしてしまったんだ。
これも一種の燃え付き症候群と言えるのかは解らない。だが、そう言ってもいいほどに今の僕は夢から覚めたようなそんな気分だった。
だからまた、彼女を引き留めない。
僕らはもとから背を向け合った関係だったのだから。
ほんの数十分前までは楽しかった…なんて、思わなくもないがそれでも日暮さんには林田一樹という、少し鈍い人も近くにいる。
僕だっていつまでも他人に頼ってはいられない。自らの手で変わっていかなければ意味がない。
だから、今回の出来事は一歩前進したと言えるだろう。それなのに、視界にはいる日暮さんの小さな背中を見ていると気が落ちる。
僕は嘘をついたことに…つくしかなかったことに生まれて初めて悔いていた。
これもまた僕の逃げなのだろうか。その答えはきっと分からずじまいだろうな。
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