不可思議の本気2


 時子叔母さんを呼ぶ声は車のエンジン音にかき消されたかのように思えたが、ちゃんと届いてはいたみたいだ。




 その証拠に時子叔母さんは僕をムッと睨み付けている。


「あのね、あんま叔母さん叔母さんって言わないでよ。私まだ嫁入り前なのよ?」


「いや、でも…今さらじゃない?」


「どういう意味でいってんの?」




 時子叔母さんの瞳の奥に矢が見えた気がして僕は一歩後退する。そして、上手い具合に収集がつくように言葉を付け加えた。




「だから、僕にとっては叔母にあたるんだから今さら仕方なくない?ってこと」


「じゃあ、時子姉さんとかにしてよ。どっちにしても楓の歳とと姉さんの歳の中間にいるのが私なんだから」




「そ、そうだね」


 コラからは姉さんと呼ばなくてはいけない現実に少しばかり面倒臭さを感じたがべつに嫌ではなかった。むしろ、若く見えるのだからそれもありだとすらおもえる。




「んで。どーかしたの?」


 横断歩道の信号がいつの間にか青信号になっていて歩き出す時子姉さんのすぐ後ろを歩きながら返答する。




「相談がある」


 僕の言葉をきき振り返った時子姉さんは目を丸くてから微笑んだ。


 その表情を見て母親が生きていたのならこんな感じだったのだろうかと思ってしまう。




 横断歩道をわたり終えると時子姉さんは、いややっぱり僕の中では時子叔母さんということにしておこう。姉さんはどこか違和感があって気持ち悪い。




「二軒目行くぞ」


 時子叔母さんは嬉しそうに口走った。


「いや、未成年つれてそれはヤバイよ社会的にさ」




 僕の話などなにも聞いてはくれない。本当にどうなっても知らない、そのつもりでついていくと駅近くの洒落たカフェに辿り着く。




「あ、ここ?」


「そう。さすがにあんた連れて飲み屋には行かないよ」


「当たり前。未成年だっての」


「いや、違う違う」




 そう言って首をふる時子叔母さんの何が違うのか表情でたずねてみると、真剣な表情がつくられていた。




「あんたなら、酔い潰れた私を見捨てて金だけとって一人で家帰るでしょ?」




 僕と言う人間が時子叔母さんにとっては冷酷な人間に見えているのだろうか。思わずため息がもれてしまうほどだ。




「あのさ、僕は周囲に関わりを求めたりしないし酔っぱらいとか平気で見捨てるかもしれないけどさ、家族は違うだろ。俺にはさ、もう時子おば、姉さんとあの家に集う親戚くらいしか拠り所がないんだから」




 カフェの小さなライトに照らされ、今度は時子叔母さんが僕に質問をしてきた。




「じゃあ、もしあんたに楓に好きな人が出来たりしたら私達親戚は拠り所じゃなくなる?大切じゃなくなる?」




 カフェのドアが開き、中からは男女のカップルが出てきた。時子叔母さんと僕は二人の通り道を作った。




 それでも、時子叔母さんは僕の答えをじっと待っているようだった。けど、そんなもの答えなんてあるわけがない。もしあるのだとすればそれは僕自身がどう考えるか、それが答えだろう。




「好きな人が不覚にも出来たとしても関係ないよ。今の家は多少気まずいけどそれでもあそこが僕の帰る家だから。生かしてもらった恩は一生忘れないし、何より僕は全部大切にしたいから人として変わっていくんだ」




 時子叔母さんは微笑んだ。と思ったら突然僕のほっぺをかなり強めにつねってきた。冗談抜きで痛いと感じることに多少腹もたった。




「バーカ。若すぎんだよ楓は。欲しいもの全部なんて大切に出来ない。だから姉さんは、あんたの母さんは死んだんだよ」


「なにそれ、関係ないじゃん」




 久しぶりに苛立ちを感じながら口にするとあはははと時子叔母さんは笑い始めた。笑われるとさらに腹ただしい。だから、睨んでみたがそれが逆効果だった。




 時子叔母さんは静かで真剣な目を僕に向け、口を開く。


「関係あるんだよ。楓を私が引き取ったのも楓の母さんが生きれなかったのにもちゃんと理由があるし関係がある。楓、世の中には無縁なんて事はないんだよ。必ずどこかで何かが繋がって現状に至る。これはあんたの母さんが言ってた言葉だよ」




「へー、十八歳で僕を生んだ不良にしてはなかなかのこと言うんだね」




 胸に響いた。母親の言葉だからとかそういうのじゃなく、言われていることが理解できてそれでいて共感してしまった。




 でも、そう口にすればやっぱり親子だ、なんて思われてしまう。それは何となく嫌で適当に誤魔化した。




 姉を不良と言われたからなのかは分からないが時子叔母さんはどっち付かずの微妙な笑みを浮かべ黙り混んだ。




 そのあとカフェに入ることはなく、僕と時子叔母さんは帰宅し既に自室にこもっている。


 道中、時子叔母さんは僕になにかを伝えようとしているように見えたがなにも言われなかった。




 僕の勘違いか、もしくは大した事ではなかったのだろう。




 部屋の明かりを消し、手に取るのは十年前になくなった。父とのツーショット写真だ。


 この写真だけは立派な額縁のなかにいれてきれいに保管している。




 この日は年中仕事ばかりしている父が僕のために休日を作り遊園地へ連れていってくれたんだ。その、前の週に遊園地へ行く予定はなく、僕が行きたいとぐずり父に怒られた。




 今でもはっきり覚えている。あの時は本当に嫌いになってしまうのではないかと思ったものだ。それでも今だからわかるのは辛いのは僕だけじゃなかったということだ。




 そして、父は一週間だけ僕を母方の妹である時子叔母さんに預け仕事に明け暮れた。そのおかげで休日を遊園地で過ごせることになったんだ。




 写真を見てもわかるほどやつれてしまった父を見て涙をこらえる。いつもこの写真を見ると、僕が幸せになるために父を不幸にしたのだと考えてしまう。




 でも、僕がいなければ父は死ななかっただろう。


 僕がが生まれなければ母は生きていただろう。




 僕に生きていい理由がない。だから、知りたいんだ。


 僕が生きていい理由。生きるための理由が。




 真っ暗の部屋に月明かりが入り込み、気がつくとそれは朝日に変わっていた。


 夢もなにもない。最近はそんな日ばかりで生きている時間が長いと感じさせられる。




 携帯を開き日暮さんからのメッセージを確認した僕は、休日をおうかするために二度寝にはいる。そして、返信を忘れるのかもしれない。

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