不可思議の本気1

 電灯の町に化けてしまった夜の東京に一人立ち尽くしていると路頭に迷った人間の気持ちになった。




 行く宛も変える場所もこの場を離れるお金もない。そんなのは所詮そう思っただけにすぎないが、帰るお金がないのは現実だ。




 日暮さんと買い物をしていたショッピングモールのある駅から二十分ほど電車に乗り、僕は叔母さんの会社近くの駅に来た。




 久しぶりに外食でもしようというお誘いを受け、断っても良かったのだが僕は叔母さんの家に居候しているのだから、反論はしない。




 僕の父が亡くなったとき、母方の妹である時子ときこ叔母さんが僕を引き取ってくれた。




 両親の祖父母は元々二人の結婚に反対をしていたみたいで、いがみ合うように仲が悪かった。そのため、僕をどちらが引き取るかでもめたんだ。




 そう言うのは嫌だった。だから僕は…。




「楓、お待たせ」


 スーツをビシッと着こなしたキャリアウーマンが僕に手を降り近寄ってきた。


 時子叔母さんは、今年三十歳を迎えるのだが結婚をしていないがためか、かなり若く見える。




 そもそも時子叔母さんは母とは歳がかなり離れていて、それなのに母は十八歳という若さで命を引き換えに僕を生んだ。




 なぜ、僕を生むだけで死ななくてはならないのか。そんなこと考えても調べても情報が多すぎて真実がわからない。




 時子叔母さんは携帯を取り出し、なにかを調べ出した。それからわずか数秒で僕に携帯を見せてきた。


「見てよ。ここなんてどう?」




 携帯の画面に出ていたのはラーメン屋だった。それも家系の狂暴な上手さを持つタイプのラーメンだ。




「いいと思うよ」


「よっし、さあ早く行くぞ!」




 仕事終わりに加えて明日が休日ということで時子叔母さんは妙に張り切っていた。だが、家系の狂暴なラーメンを進んで食べに行こうとしているあたり、結婚はまだ遠そうだ。




 ラーメン屋に向かう道中、久しぶりに時子叔母さんと並んで歩いている事に気がついた。




「ねえ、最近なんかあった?」


 大きな交差点の信号に足止めされていると時子叔母さんがたずねてきた。




 僕は何を指しているのか理解できず「例えば?」と問い返す。




「んー、好きな人出来た。とか?」




 そう言われて思い浮かぶ人がいなくもないが時子叔母さんが口にしている好きな人とは無縁だと思う。




「恋愛とかの好きはない。でも、一人だけさいるんだよ。僕みたいな暗いやつに付きまとってきて、散々振り回して、それでも弱さとかも見せてくれるような素直で面倒で感謝しきれない人が」




「へー、楓に友達って珍しいね。ちなみに女の子?」




「うん。おまけにクラスでも目立つタイプの女子だから男子から目の敵にされて困る。そんなんじゃないのに」




 時子叔母さんはあははと笑い始め、信号は青に変わる。


 たくさんの人が行き交う横断歩道のなか時子叔母さんが僕に問いかけた。




「楓は恋も愛も知らないんだよ。特に恋なんて知らないんだから決めつけるなよ」


「恋なんていらない。僕は普通の大人になっていきたいだけ」


「それでもいいけど、大切な人は手放しちゃだめだよ。二度と戻っては来ないから」




 どう言うことか聞き返そうとしたが横断歩道をわたり終えるとすぐにラーメン屋についてしまいなにも聞くことはできなかった。




 見るからに男ばかりのラーメン屋に躊躇いなく足を踏み入れる時子叔母さんが少し逞しく思えた。




 食券を買い席につくと店員さんがやってきて食券を回収した。


「麺の固さとかはどうします?」


「私は固め濃いめ多めで」




 手慣れたもんよ、とばりに早口にのべられたその言葉に頭が追い付けず「ふ、普通で」と僕もあわてて言った。




 店内は騒がしくて、それでも居心地はかなり良かった。


 周囲の人達は店内に見合った大きな声で話しているぶん自分に視線が向かうことはない。そう思えると安心する。




 やがてラーメンが僕と時子叔母さんの前に現れ、二人で手を合わせ頂くことにした。




 一口スープを口に運ぶと幸せに気分になる。箸が止まらないその濃さは一日の疲れを癒してくれるようだった。




 だが、ラーメンも半分がなくなったころ気持ち悪くなり始めた。時子叔母さんは幸せそうに食べているが、僕はこの手のラーメンには弱い。




 ラーメンを平らげたころには二度と来るものか、なんてことを思ってしまうのだが、日が経てばまた期待と思ってしまう。




 家系のラーメンとは呪いのように僕と時子叔母さんの生涯を共にする運命にあるのかもしれない。




 外に出ると涼しくて気持ちがよかった。まるで、鳥かごから飛び出た小鳥のようなそんな気分。まあ、それがどんな気分かは分からないが例えるならそんな感じだ。




 その気分に身を任せ僕は時子叔母さんに一つだけ聞きたいことがあった。だから、僕は口にする。




「時子叔母さん…」

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