縮まる距離(終)

 バスケが好きだという日暮さんの本心を聞いて少しだけ僕の冷めた心が温まった気がした。




 袖で涙を拭う日暮さんに歩みより何か言葉をかけようとしていた。が適切な言葉がないことに気がつき黙り混んでしまう。




 それなのに涙を拭う震える彼女の手を見ていると何故だか笑けてしまう。


 たぶん、日暮さんの本心を初めて見せてもらえたから嬉しかったんだ。




「女の子が泣いてるのににやにやしてるってどういう神経してんだよ。意地悪」


「睨まないでよ。僕だって泣かれるとは思わなかったんだからさ」


「はいはい、どうせ私は弱虫、泣き虫、いじけ虫の三虫わがまま娘ですよ」




 僕はそんな事一言も言ってはいないのだから、変なごたごたに巻き込まれるのはごめんだ。そう思い日暮さんよりも数歩早く歩き始めた。




 すると、足音がすぐ背後まで迫ってきて僕の視界に日暮さんがはいってくるや文句を言われた。




「無視しないでよ。恥ずかしいかったじゃん」


「だって買い物するんでしょ?そんなところに立ってないで早くいこうよ」




 元々はお前が足止めしたんだろっていかにも言いたげな表情を向けられると少しだけ楽しかった。振り回されているのではなく振り回している気分で、爽快だ。




「ったくもう。楓君の命日が今日になっても知らないからね」


「ねぇ、普通に怖いから…」


「しーらないよー」




 日暮さんは少し目を赤く染め笑みを浮かべていた。日暮さんにとっても気を使われるより今みたいな方がいいのかもしれない。




 僕は自分との最適な距離感を分かり始めるのに一ヶ月をも要してしまう。それが友達の出来ずらい理由の一つなのだと今さら気がついた。




 きっと日暮さんのように物好きで強引な人と出会えていなかったら僕はなにも進歩できないまま友達一人として作ることもなく高校を終えていたのかもしれない。




 とはいってもこれから友達が出来るという保証もないし、そもそも日暮さんがいれば僕自身、退屈はしなさそうだ。




 いつか、本当の意味で感謝の想いを届けたいと心から思う。




 だが、そう思えたのはたった数時間だった。


 日暮さんはありとあらゆるものを試着しては僕には戻しに行くよう指示してきた。


 女性のコーナーを男一人で歩き回るなどどれだけ精神的ストレスがあるか初めて知った。肉体的にも精神的にも疲れた。




 そして、両手が塞がるほどに持たされている大荷物。疲れたなんてのは嘘だ。僕は今もなお、疲れを蓄積されているのだ。




 通りがかったベンチに腰を下ろし一息ついていると日暮さんを見失ってしまった。でも心配はしなかった、いやむしろ安心している。




 それから数分後、正面から僕の方に大きなわたあめが二つ近寄ってきた。


「見てよ~。凄くない?」


 わたあめの後ろから声がした。もちろん日暮さんなのだが、色々と凄いと思った。




「うん、確かに凄い。なにが一番すごいかと言えば一人で二つ食べようとしてるところ」


「いや楓君と一つずつだし」


「自分の顔よりもでかい物体をどうやって食べればいいのさ」


「いや、案外食べるんだよ」




 持ち手の割り箸は二つ組になっていて日暮さんに手渡され受け取ってしまう。




 この大きなわたあめを持っているだけでも小さな子に指をさされる。いわゆる、悪目立ちというやつなのだろう。




 周囲からの視線を紛らわす意味も込め日暮さんになんてことない質問をする。




「このわたあめ食べたことあるの?」


「あー、中学の頃夏希とよく食べてたんだよ。あっ、夏希は昨日私に怒ってた人ね」




 それくらい知っている、と言おうかと思ったが僕の場合知ってることの方が珍しいのだと思い言葉を飲む。




「仲良いの?」


「良かったって感じ」


「へー、もう仲良くないのか」




 えへへと作り笑いを浮かべる日暮さんをみて胸が締め付けられるようなもどかしさを感じた。これが他人を思う気持ちなのだろうか。




「夏希とは好きな食べ物とかタイプの男子とか良く似ててさ安心した。私だけじゃないんだ~っ的なね。けどさ、高校に入ってから意見がぷっつり割れてさ」




 正直、そこまで興味のある話でもないが一応「なんの意見?」とだけきいてみた。




「夏希に好きな人ができてそれを言われたときに私が否定したの。ペラペラで薄そうな人間だからやめときなよって、勿論善意のつもりだけどそれがお節介だった」




 ペラペラで薄そうな人間と言われ思い当たるのはバスケ部二年生エース君の林田あたりだろうか。というよりも知ってる人が少なすぎる。




「んで、好きな人を否定したから喧嘩してると?」


「違うよ。てかさ、なんか急に私のこといっぱい聞いてくるけどなに、恋でもしちゃった?私一応フリーだよ?」


「冗談きついよ。日暮さんが彼女とか一週間で命落とす自信あるよ」


「そう?私は二日で燃え尽きた灰のようにする自信あるけど?」




 清々しいほどの笑顔でそう言われると普通に怖かった。このままの流れだと本当に今日を命日にされてしまいそうで話題を戻す。




「で、現状を作った出来事はなんなの?」


「あー、私の好きな人をコミュニケーション障害者だなんて言ったのよ。私的にそう言う軽薄な発言は許せなかった。私の好きな人を否定したのが悪いんじゃない。そのための言葉選びが悪いの」




 年頃の女子高生なのだから好きな人の一人や二人いたとしてもおかしくはない。それなのに日暮さんは好かれるだけで好きになることなどないのだと思っていた。




 その印象は周囲が勝手に告白してフラれているから。クラスでも人気のある人格者でそれでいて周囲が認めるほどの容姿の美しさ。




 そういった、情報が僕の中で日暮さんをお高くとめてしまった。




「確かに俺みたいなコミュ障をもバカにされたみたいで腹立つな、そっか。でも仲直りしたいんだよな?」


「今さらでしょ」




 人は時にプライドが邪魔して想いを伝えられないときがある。本当に頭の悪い生き物なのだと思い知らせる。




 でも、それなりの対処法もあるのだ。


 僕はとくにバカだからこそよくこの手を使う。


 その対処法とは理由をつけること。仕方なく仲直りする。そう思えばどれだけ心が楽になることか。




 一度結んでしまえばまた繋がり始めるのだろう。ただ、僕は結びなおせたという事例を見たことがない。だから僕の目でみて証明してもらいたかった。




 僕の柄じゃないのは知っているが、それでも自分と日暮さんのために理由を見つけるチャンスを与えたい。




「体育祭のリレーでうちのクラスが優勝したら仲直りするって約束してよ」




 日暮さんは驚く表情すら見せずにわたあめにかじりつき答える。


「じゃあ、優勝しなかったら楓君が私の願いなんでも一つだけかなえてね。出来る範囲の願いにするからさ」




 少しばかり嫌な予感はした、それでも背に腹はかえられない。それ程のことでもないのかもしれないが何となく大切なことのように思えた。




「じゃあ、リレーで勝ったら仲直り」


「負けたら願い事聞いてね」




 笑みを浮かべる日暮さんに小指を差し出され、自分の小指も差しだした。日暮さんの小指にかなり強引に押さえつけられながらも僕らは誓いを立てた。




「ゆーびきーりげーんまん。う~そついたらぁ~、舌噛んで死ぬ」


「重いって」


「じゃあ、すきなひとに告白とか?」




 僕はそれでも良かったのだが少し不公平に思えてしまった。好きな人がいる日暮さんにはそれなりに罰ゲームに値するのかもしれないが、好きな人のいない僕にとってはどうってこと無さすぎる。




「別にいいけど。僕は恋愛的な意味合いで日とを好いたことがない」


「じゃあ、楓君は私に告白で良いよ。どうせ、約束は守るでしょ?」


「うん、守るけど…」


「んじゃー、ゆーび切ったー!」




 勢いよく小指をひっぺがされ文字通り切られたのではないかと一瞬焦った。それから日暮さんが大きな声を出したせいで周囲の視線が僕らのところに集まってしまった。




 日暮さんは呑気に笑っていたが、僕はその視線から隠れるように大きなわたあめにかじりつく。


 思っていたよりも甘くて、美味しかった。




 今日と言う一日の満足度を五つ星で表すのなら、この味に免じて三ツ星だろう。


 ただ、体育祭を頑張る理由ができたと言うプラス面を考慮すると、日暮さんとのお出掛けは結果的に五ツ星だった。




 要約すると素直に楽しかった




 こんなこと周囲に言えば蔑まれそうだが、日暮さんに言ったら喜んでくれそうな気がした。でも…今はまだ、胸の内に…。

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