縮まる距離2

 昼食後、日暮さんのショッピングに付き合わされた。というよりも元々はこのショッピングが目的なのだから、これまでが余計だった。




 シャツを片手に一枚ずつ持ち、鏡を見て自分と合わせながら日暮さんは話し始めた。




「前にも一緒に服見たよねー」


 突然、話しかけてくるものだから少し肩が上がっていたかもしれないが僕も冷静に話す意識をした。




「前って言っても一ヶ月くらいだから最近だよ」


「もう、一ヶ月経ったのか~」


 そう口にした日暮さんは、鏡においてあった視線を僕に向けた。




 少し切ない表情に思えた。




「なにか?」


 日暮さんは首を横に降り、またいつもの笑み浮かべた。


「べっつにー」




 再び服と自分を照らし合わせる日暮さんは何かを隠している。いや、昨日の教室での出来事があったがために何か気まずいのだろうか。それとも本当に何かを隠しているのか。




 考えても分からないことを分かった。だから、何を隠されていようとも気まずかろうとも関係ない。




 僕らは元々、偶然の中で出会ってしまっただけなのだから。


 そう思うと少しだけ胸が締め付けられた。




「ねえ、私ってスカートいけるかな?」


 我に反った時には日暮さんの手シャツはなくなっていて代わりにスカートがあった。


 水色のシンプルなデザインのミニスカート。




「あのさ、日暮さんって自分の顔に自信ないわけ?」


「な、なにそれ」


「日暮さんの顔ならどの服でも似合うっていったでしょ一ヶ月前にも」




 僕がこの言葉を選んだ理由は次からは問われないからだ。なんでも似合うなんて簡単に言われるとわかっていたら聞く意味もない。




 すると日暮さんはあははと笑みを浮かべてスカートをハンガーにかけ店を出た。


 僕も慌てて彼女を追った。なんの地雷を踏んだのかわからずに少し怯えた。




「ね、ねえ。何も買わないの?」


「うん」


「ほんと、似合ってるよ」


「ありがと」




 女心と秋の空。


 僕には似合わない言葉だから少しだけ改良させてもらうと…。いやそんなことを考えている場合ではない。




「なに怒ってるのさ!」


 日暮さんの横に行き顔を見ると笑っていた。目に涙を浮かべながら笑っているものだからなにがそこまで面白いのか聞いてみようと思った。だがそれよりも早く日暮さんが話し始めた。




「怒ってないけど笑えるほどに嬉しかった」


「なにが?」


「分からないなら別に良いよ。楓君はコミュ力ゴミクズレベルに低いから」




 コミュ力を揶揄されても言い返すことのできない現状を僕は受け入れなくてはならない。それでも、僕は…。




「それでも…僕は変わるよ。日暮さんにこんなこと言うのも変だし唐突だけど、僕はずっと生きる理由を探してた。それでも今までの僕じゃ尻尾すら掴みきれない」




 日暮さんは一度深呼吸してから僕を真っ直ぐに見た。力強い圧力を持っているはずなのに澄んでいてきれいだも思わされる。




「楓君の求める答えは人柄を変えれば見つけられるとか軽いものじゃないよ。人ってね、一定に流れるリズムの中で自分の事を情けないって感じながら生きていくの。幼い頃は持っていた志とか夢とか一つずつ置いていくの。そうして私達はようやく大人になれる。そういうものでしょ。そこに理由なんてないよ」




 日暮の述べた大人の定義は僕と似ていてすごく共感できるが、その後は真逆の意見だ。




「すべての事には意味がある。生きる理由だって必ずある」


「頑なね。でもさ、生きる理由なんて持ってたら死ぬとき辛いよ」




 死ぬときのことを視野にいれている時点で日暮さんとは分かり合えない。僕は生まれてきたのだから産んでもらったのだから、たとえ親の顔を知らなくてもなるべく生きてやろうと思っている。




 それが産んでもらった恩返しになるではないかと思う。死を視野にとらえる事なんて生きている人間がすることじゃない。




 そう思ったが口にすることはなかった。理由は簡単だが僕自身、日暮さんの意見を否定することはできない。




「はいっ。この話もう終わろ?楓君とこんなこと話しても意味ないでしょ」




 僕に向けていた視線を前に向け歩き出した日暮さんに僕は問う。




「最後にひとついい?」


 日暮さんは立ち止まり振り替えることもなく「なに?」と答えた。


 その声から話題を変えてもらいたいという思いが伝わってきた。それでも一つだけ聞いておきたかった。




「君はバスケ嫌いなの?」


「嫌い」


「なんで?」


「疲れる。汗臭い。面倒臭い」


 震える日暮さんの声は薄っぺらかった。僕にはわかる。こういう事を嘘というのだ。




 もともとバスケの話なんてどうでも良かったのだが、日暮さんが僕とは違ったおもしろい考えを持っていると思うと余計に彼女を知りたくなった。




 だから。今一度問う。


「バスケは好き?」




 ゆっくりと振り返った日暮さんの頬を小さな光が緩やかに落ちていった。




 この小さな雫が日暮さんの生きる理由なのかもしれない。




 日暮さんは今にも消えてしまいそうなくらいに小さな声で呟いた。きっと周囲には聞こえやしない。それでも僕は、僕だけにははっきりと聞こえていた。




「好き…」


 日暮さんの表情や言葉を聞いて改めて思わされる。


 醜さや面倒臭さ含め、この世で一番の輝きを秘めているのは心を持った生き物かもしれない…と。

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