縮まる距離1

 空にはどんよりと厚い雲がかかっていた。午後からは天気も崩れるらしくお出掛けには向かない一日になりそうだった。




 それでも約束をしてしまったのだから行くしかないのだと割りきることができた。僕的には買い物なんかよりも家で静かに過ごす方がいいと思うのだが、僕の意思は関係ないみたいだ。




 土壇場ですっぽかしても良かったのだか、昨日の日暮さんの発言や表情が少しばかり気になっていた。そういった確認の意味も今回は含まれている。




 自分の事ながら本当に僕は優しい人間なのだ、と感心してしまう。


 それこそ一緒に電車に乗っている日暮さんの事を忘れてしまうくらいには。




 でも、今日はそれでも構わないようだ。なぜなら彼女自身もお店をチェックするので手一杯のようだった。




 携帯でお店をチェックしてウキウキしている彼女を横目に恐怖すら感じた。僕はこれから彼女の調べているお店、全てをまわらなくてはいけないのか、と。




 落ち込んだ僕に日暮さんは楽しそうな明るい声で話しかけてきた。




「なんかね、カップルっぽい?」


 そういってんふふと笑う日暮さんをまえに笑顔などつくれやしなかった。


「デート?奴隷と主の間違いでしょ」




 僕が口にした皮肉を聞いて彼女はあははと笑っていた。その笑顔は昨日の笑顔とはまるで違った。忌々しくて僕を苛立たせる。




 でも、その笑顔が一番良い表情なのだ。なんて、バカらしい事を考えていると目的の駅に着いたらしい。




 駅を出ると目の前には大型のショッビングモールがあった。


 日暮さんの背後をキープし中にはいると、手を引かれ文字通り連れ去られた。




「まずはあれ!」




 そういって日暮さんの指差す方に視線を向けるとクレープ屋さんと薬局が並行していた。どちらに向かっているのかは分かりきっているようなものだが、念のため聞いてみることにした。




「もしかしてクレープ?」


「他に何かある?」


「あーいや、僕は甘いの少し苦手だからさ」


 僕の話など聞こえていないのか、結局クレープ屋さんの目の前まで来てしまった。




 甘ったるい香りに気持ち悪さを少なからず感じていると先ほどの僕の話に対する答えが返ってきた。




「大丈夫だよ」


「どこが?」


 僕がそう、問い返すと日暮さんは目尻を下げ微笑んだ。


「私が好きだから大丈夫。楓君はイチゴにしてっ。私はミックスフルーツにするから」




 要は二種類食べたいが二個は要らないと言うことなのだろう。


 常々思ってはいたが僕が相手じゃなくてもつとまったのではないだろうか。それとも僕みたいな奴じゃないと哀れんでしまうとでも言うのか。




 僕らはショッビングモールの中にあるベンチに腰を下ろしクレープを食べた。久しく食べる甘いものは思っていたよりも美味しかった。




「ね?美味しかったでしょ?」


 ニヤリと口角を上げ、日暮さんは勝ち誇った表情を見せてきた。


「まあ、そこそこにね」


「んふふ、じゃあ次行くよ」


「え、もう?」


「ほら!」




 気の弱い男子を連れ回す女子と活発的な女子に連れ回される男子。僕らを周囲の人間はどんな関係だと思うのだろうか。




 そう考えると電車内で日暮さんが口にしたカップルという言葉が浮かんできて少し恥ずかしかった。




 次に僕が連れていかれたのはボーリング場だった。わざわざ予約していたみたいで待たずにすんだのは良いことなのだが、日暮さんを前にスポーツなどしたくはなかった。




 シューズを三百円というお手頃価格で借りた僕は六ポンスの軽いボールを手に取り席へついた。その数秒後に僕と同じボールを持って日暮さんが現れた。




「男の癖に私と同じ重さなんだね。この分じゃお昼は君の奢りだね」


「なに?これってお昼賭けてるの?」




 胸の前で腕を組んだ日暮さんは何故か偉そうに頷いていた。彼女は僕が運動部どころかどの部にも所属していないから下に見ている。




「あー、お昼何にしようかなー」


 呑気にお昼を考えていると日暮さんはきっと公開する。




 日暮さんは先人を切りボールを投げた。無難にスペアというなかなかの滑り出しだった。


 大切なことだけは二回言っておこう。なかなかの滑り出しだった。




 すっかり余裕気分の日暮さんは呑気にジュースを飲みながら笑顔で僕を見ている。だが、その笑顔はいつまでも保ってはいられないだろう。




 真ん中のラインからやや右をめがけて真っ直ぐに転がす。それがストライクを取るための秘訣。


 秘訣…のはずだったのだが。ガーターだ。




 一度溝に落ちてしまったボールは僕の意思を踏みにじりそのまま暗闇へと姿を消していった。




 日暮さんの方を振り返りボールを取りに行くと、彼女に肩をトントンと二回叩かれた。


「まあ、そういうこともあるよね。んふふ」


「そ、、そうだね、あははは」




 僕はこの後文字通りの本気を見せることとなった。




 日暮さんの十投目が終わり僕との本数の差は実に八本。僕が九ピン以上とれれば勝ちだが、それ以外なら負けになる。




 注目の十投目は僕のスペアで幕を下ろした。だが、日暮さん曰くトータル点数で競い合うそうだ。卑怯にすら感じたがなんの目標もなくただ投げるよりも楽しそうでその勝負をまんまと受けてしまった。




 僕が少しずつストライクを量産出来るようになった頃、既に笑いも会話もなくなっていた。ただ、お互いがお互いに負けないように投げ合った。




 そんな、たかがボーリングを通して思うことがある。


 僕らは出会い方が本の、少しでも違っていたらお互いの立ち位置も今のような敵同士だったかもしれない。




 結局僕らは八ゲームをやり、お昼を食べるためにフードコートに足を運んだ。


「日暮さんの奢りならステーキとかいこうかな」


 冗談っぽくそう口にすると日暮さんは目を丸くして僕を見てきた。




 そして、真顔のまま口にする。


「女の子なんだからプラス五十点。誰の負け?」


「え、いやちょっと」


「楓君の負け。はい、奢り!」




 理不尽だ。すごく理不尽だ。だが、この理不尽さはまだまだ始まったばかり。


 日暮さんの買い物が本領を発揮するの間違いなくお昼の後だろう。




 僕は思う。


 こういう人とは二度と関わりたくない。

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