壊された立ち位置3
日暮さんと関わることない日常は僕にとって普通だった。だから、思っていたよりも早く普通の日常に戻れたのだ。
胸につっかえていた言葉も今では脳裏にちらつく程度のものだ。たかが一日で他人を気に入る程僕だってバカではない。
危うくバカになりかけていたのは認めるがそれでも僕はまた、独りに戻ってきたのだ。結局、人はそう簡単に変われるものじゃない。
人は定められた運命の中に生きるしかない。父さんが死んだ時、僕にそう教えてくれた気がした。
だから、僕は変わる事を諦め求める答えも諦めそうやって大人になっていく。
五月に入り室内も徐々に暑さが増していった。制服もワイシャツのみに変わり格好が楽になる。
運動部もこの時期になると体育祭が近付くため気合いが入っているようだった。
僕の高校の体育祭はクラス対抗リレーを醍醐味にしていて昼休みの時間を使って殆どのクラスが練習をしている。
とはいっても人数にも限りがあるため校庭を使用する日程を委員会の方で振り分けているようだ。
バスケ部の二年生エース君を筆頭に僕らのクラスも練習へと向かっていった。それを僕は横目に見ながら教室に残った。
サボりなんてすれば運動部ややりたくなくてもやっている人間から批判されるだろう。だが、そんな個人的感情を押し付けられても僕はやらない。
なぜ、勉学を学ぶために運動をしなくてはならないのか。それが道徳的ものを得るためだとしてもどうでもいい。どうせ僕には他人を傷つける事以外出来ないのだから。
誰もいなくなった教室は静かだった。皆が戻ってきたときにはきっと僕を冷たい目で見てくることだろう。
そんなことを思いながら僕は机に伏せた。
「だから、なんでいるのよ…」
ふと、すぐ横から声が聞こえ顔をあげ横を見ると日暮さんかいた。
僕の隣の席に座り呆れた顔で僕を見ていた。
「楓君は何してんの?」
「あーサボり」
クラスでも人気者、行事もしっかりとこなしている日暮さんに面と向かってサボりなんて口にすれば怒られると思っていた。が、徐々に広角を上げていきフッと笑みをこぼした。
「私も!」
高揚する声色に少しばかりの安堵があった。いや、そういうものとはまた違った心地よさのようなものがあった。
日暮さんと関わっていたのは痴漢の時と二年生なってからの二日程度。それなのに日暮さんと話すことのない日々は物凄く非日常的に感じていたんだ。
どれが日常なのか頭ではわかっていても身体はわかっていない。というよりも、僕は日暮さんに話しかけられるのを待っていたのかもしれない。
本当にずるい。いつも自分が傷つかない方を選んで、いつも最低限を求めてリスクを減らす。やっぱり、僕は僕が嫌いだ。
「日暮さん。ごめん」
僕は謝った。頭はあまり下げれなかったと思うが謝罪の気持ちは本物だ。
日暮さんは「なんで?」と目を丸くしているようだっ。
「なんでって……僕はいつもリスクのない道を選ぶ。自分に楽な道を選ぶ。いつも日暮さんに気を使わせてごめん」
黒板をじっと見つめたまま日暮さんはさらっと口にする。
「まあ、なんというか。私が怒ってたのってそんなちゃんとした理由じゃないからあんまり気にしないで」
「え、なら何に怒ってたの?」
黒板を見たままの日暮さんの頬がやや赤み帯びていくのを僕の目でもはっきりとわかった。なぜ、頬が赤くなるのか。それ恥ずかしいからだ。
じゃあなぜ恥ずかしいのか。答えは何か勘違いをしてしまったのだろう。
人間、勘違いなんて数えきれないほどにある。だからこそ掘り下げないようにすることが優しさだと思った。
僕が一人で納得していると日暮さんが話し出す。
「楓君なんか忘れてやろうって思ったけどさ、たったあの一日で忘れられなくなった。私と楓君はさもう、友達なんじゃない?」
僕はその友達という言葉に違和感を覚えた。別に嫌とかそういうわけではないのだが、なんとなく友達と呼べる関係ではない気がした。
「友達…だね」
それでも僕は日暮さんを受け入れた。だって、元々僕は友達が欲しかったのだから。
廊下が騒がしくなってきた頃、日暮さんは自分の席に戻り伏せていた。あくまでも体調が悪い事を貫くのだろう。
僕にもそんなことができたらよかったのに、なんて今頃思い始めてきた。
バスケ部の二年生エース君がクラスの主要キャラクター達を束ねて僕の席の前まで来た。
そして、僕を睨み付け口を開く。
「何で、練習来ないの?」
なぜと聞かれて答えられるなら苦労はない。僕は黙り混むことしかできなかった。
「他人の気持ちを考えられねーから誰にも好かれねーんだよ」
追い討ちをかけるようにきつい捨て台詞を吐き捨て彼らは自席へ散っていった。
他人の気持ちを考えられないことなんて彼らに言われなくとも僕自身が一番わかっている。彼らに好かれない理由も好かれたいと思えない原因も。
自分が生きている事を当たり前に感じて人が死ぬことを知らない。そういった類いの人間との関係なんて僕の方からごめんだ。
だが、そんな子供のままでは僕はいつか無職になる。嫌でもなんでも隠して上手くやっていかなければならない。
午後の授業は殆どの眠っていたため一瞬のように思えた。それから長く怠いホームルームが始まり、やがて終わる。
僕の脳がまだ寝ているのか、いつもよりゆっくりと帰り支度をしていた。
「ねえ!早くしてよ」
「え?、あーうん」
「やっぱいいや、貸してっ。私が荷物しまうから」
放浪とする意識のなか目が覚める瞬間とは不規則なのだと知った。
周囲の視線が痛いほど突き刺さる。それもそのはずクラスの人気者で校内でもかなりモテる女子生徒が校内で最も知られていない男子生徒の世話をしているのだから。
さすがに恥ずかしく思い「自分でやるから触んないでよ」と口にする。
だが、日暮さんは「まあまあまあ」といい、笑みを浮かべたまま僕の荷物を全てまとめてしまった。
やはり、目立ちすぎる日暮晴乃の友達だなんて僕の性には合っていないのかもしれない。
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