人気者のクラスメイトと僕の接点(終)

 午後五時を過ぎた頃、彼女は服をみたいと言い始めた。無論、丁重にお断りした…。




「ねえねえ、このワンピース私に似合うかな?」




 結局丁重に断りきれずこの様だ。情けない自分に溜め息をつき彼女の質問に答える。




「君ならこの店の物全部似合うよ」


「メンズでも関係ないって言いたいわけね?」


「そう。あれなんか君によく似合うと思うけど」




 そういって僕はメンズジャケットを指差すと彼女は「へー」と呟いた。というよりも音に近かった。




 その音は普段よりも暗い色だと感じ、ふと彼女の様子を伺った。だが、その行動を後悔するくらいに僕は睨まれていた。




 その怒り帯びた表情にはまさにメンズ物が似合いそうだったが、これ以上適当なことを言うのはやめることにしよう。というよりも怖くて言えない。




 その代わりに上手く誤魔化す方に力を入れた。


「君ならメンズ物とか関係なく服を着こなせると思ってさ。ほら着る人がよければなんでもいいじゃん?」




  落ち着いた雰囲気を漂わせている僕だが、内心はドキドキが止まらない。緊張しているとかそういう問題ではなく、僕はここで彼女に軽蔑されては困るのだ。




 彼女は僕と顔を合わせる事もなく「そう…」と呟く。


 この時既に僕の明日からの高校生活が困難になると予測出来た。彼女に嫌われる事即ち全員に嫌われるという事。




 明日からの事を想像し精神的苦痛を受けている僕と、僕の軽はずみな発言に対して腹をたてている彼女はショッピングを終えてもなお、口を利くことはなかった。




 僕からすればたかがあの程度の発言。だが、これまで周囲との関わりを避けてきた僕の考えは言葉の通り僕だけの意見になってしまう。




 人は色んな人の意見を取り入れて自分が作られていく。つまり自分の意見と言うのは元を辿れば誰かの意見にすぎない。




 そういったところが僕の周囲の大きな違いだ。勿論、正しいのは後者だ。




 沈黙のまま駅に向かい改札についた頃、僕は重たい唇を動かし「じゃあ、」と呟き彼女に背を向ける。




 他に言葉をかけてしまえばまた、余計なことを言ってしまいそうで必要以外の言葉は全て省いた。そうすることで彼女の怒りは逆撫でしない。




 万が一、逆撫でしてしまえば本当の意味で生徒の過半数を敵に回すことになる。校内でも社会でもお尋ね者はごめんだ。




 彼女の声には価値があり信頼がある。


 一方、僕の声には何もない。これが人生をサボってきた僕と有意義に過ごしてきた彼女の差だ。




 さすがに変わらなくてはいけないと感じている。だが、そのチャンスは今日の不用意な発言をきっかけにつぶれてしまうかもしれない、残るは願うことのみ。




 小さな覚悟を決め家路を急ぐ僕は誰かに名前を呼ばれている気がした。


 気のせい?だよね。




「待って楓君!」


 気のせいではない事に驚き勢いよく振り返ってしまった。そこには膝に手をつき息を切らしている彼女がいた。




 改札から僕のいるところまではそこまでの距離はないのだが、息切れしていると言うことはそれほど全力で走ってきたと言うことだ。




「ど、どうかした?」


 全力疾走をしてまで僕の元へ来ると言うことはやはり罵声でも浴びせられるのだろう。そんなことあってはならない、少なくともこの駅付近ではダメだ。




 こんの駅近くで罵声なんて浴びせられた矢先にはきっとSNSで炎上してしまう。ついでに、僕事態がこの駅を利用しずらくなってしまうのだ。




 簡単に引っ越すわけにはいかない事など明白だし、学校で僕を嘲笑う人が増えることも明白だ。




 呼吸を整えた彼女が顔をあげた途端に怖じ気付いた僕は彼女が話すよりも早くある提案をする。


「話とかあったら近くの公園行かない?」


「あ、うんいいよ」




 やはり、彼女にとっても注目を浴びるのは厄介なことなのだろう。なぜなら彼女は校内でのイメージなど、僕と違って守らなくてはいけないとモノが山程あるのだ。




 正直羨ましいとすら思える。が、そのお陰で僕はこれからもこの駅を利用することができる。




 駅から五分ほど歩いたところにある小さな公園に着くと、僕は小汚いベンチに腰を下ろした。彼女はこんな汚いベンチなんかには座らないのだろうと思っていたのだが、平然と僕のとなりに腰を下ろした。




 二人して同じ方向を向いていると遠くに見える月を一緒に見ているように思える。これがロマンチックと言えるのなら苦労はない。




 どれだけ丸い月が出ていようとも僕は彼女の言葉に集中していた。


 なんと言われるのだろうか。


 どれ程怒られるのだろうか、それとも気持ち悪いとかシンプルな悪口を言われるとか?




 まさか…。


 あわててあたりを見渡したが僕らの他に人はいないようだ。


 もしかするとこれは最近流行りのドッキリ仕掛けてみた、的なやつなのかもしれないと疑ったがそれは僕の考えすぎみたいだ。




 彼女はじっと自分の靴を見つめながら何かを言おうとして言わずにいる感じだった。人間関係に鈍感な僕がこれ程断言しているのだから相当分かりやすい。




 文句を言うのに何を躊躇っていると言うのだろうか。僕が文句を言われたくらいで反撃できるような人じゃないなんてとっくに分かりきっているだろう。




 こういった場面は煽って怒らせてしまえばいいのか、それともこの気まずい空間を我慢すればいいのか。こういったときに僕の人生スキルは役に立たない。




 僕は昔から人を不幸にしかしてこなかった。母は僕を生むために亡くなっているし、父さんも僕の育児や仕事に追われ過労でなくなった。




 僕の両親は身を犠牲にしてまで僕を生かしてくれたと言うのに僕はいつでも自分が周囲を不幸にする、と言い訳を並べて逃げるばかり。




 僕は最低だからたまには怒られたいな。なんて考えていると彼女は顔をあげた。いよいよ話とやらが始まるらしい。




「いきなりだけど。私、部活やめちゃおうかなって思うんだよね」


「え?」


「え?ってなに?」


「あ、いや、僕がメンズジャケット似合うとか言ったから怒ってたんじゃないの?」




 彼女はじわじわと口元を歪ませていきやがて笑い始めた。その笑い声は僕の勘違いだったことを暗示していた。




 僕はなにか小さな覚悟までしたと言うのに全て無駄だったようだ。なによりなのだがどこか悔しい。




「メンズジャケットで怒ってたら友達できないでしょ」




 そうだったかーと悔やむが、一つだけわかったこともある。


 僕の考えも案外周囲から外れてはいないということ。これは僕にとって凄く大きな実験結果になった。




「確かにそうだけどさ…。ほら僕友達いないじゃん?」


 自虐ネタといえが意外に傷つくのだと今知った。そして、二度と自分が友達のいない可哀想な奴だとおもわないことにしよう。




 彼女は笑い終えると、そうそうと呟き話を続けた。


「そんな友達のいない珍しい楓君なら私の秘密を知ってても言う人とかいないし、聞いてもらおうかなって」


「え、言うよ?SNS使って拡散するよ?」




「まずさ、私って楓君からみてどんな人?」


 人の話を聞かない自己中心的な人物で、周囲が騒ぐくらいには可愛いのかもしれない人。あと、僕をバカにして楽しむ性格の悪い人。




 僕の脅しを無視して自分の話を続けるのが、気に入らなかったというのもあるが僕は彼女に半年前からあまり良い印象を持っていない。




「君のことは知らないけど強いて言うのなら、性格が悪い」


「へー。私結構性格良いって言われるんだけどな~」


「知らないよ。少なくとも僕は君の性格が良いなんて思ったことないし」




 そうだ、彼女は痴漢魔をも自らの手で計算して取っ捕まえるような悪知恵の働く性格の悪い人物なんだ。




 少しばかり容姿に恵まれたってだけで周囲が勝手な印象を押し付けているだけにすぎない。


「そっか、ねえ、今携帯持ってる?」


「え、あーうん」




 なぜ携帯なのか考えることもせずに僕はポケットから取り出した。すると彼女は「貸してっ」といい強引に僕の手から携帯を奪った。




 これは窃盗に当たるのではないのか。なんて事を考えながらも見上げる夜空は変わらず綺麗だった。




「楓君もSNSやるんだねー」


「まーねー」




 しっかりと見る夜空は星が意外と多くて、この広大な夜空に呑まれてしまいそうだった。もし、宇宙に果てがないのだとしたら、人間は何処まで行けるのだろうか。




「はいっ」


 突然携帯を返された僕は眩しい画面に視線を向けた。恥ずかしながらもほぼ放置状態にあったSNSの画面が開かれていた。




 彼女が何をしたのかそれは一目瞭然だった。


 僕がフォローしているのは好きな作家さん三人だけ、僕をフォローしている人はいない。だが、フォロワーに一人だけついていた。




「このHARUって君のアカウント?」


「そうだよ。てかさ、半年も、遅れたけど自己紹介しないとね。私は日暮晴乃」


「知ってるけど?」




 そう答えると彼女は頬を膨らませ僕に身を寄せてきた。思わず距離をとるがベンチの端まで追いやられついには立ってしまった。




「私の名前知ってるなら名前で呼んでよ。いつまでも名前呼ばれないって逆に失礼だよ」




「名前なんて人を分けるための番号みたいにしか思ってなかったけど、確かにそうだよな。失礼だよな」




 僕がそう呟くと彼女は立ち上がりまたしても僕に身を寄せてくる。離れてくれ、と肩を少し押したいがなんとなく触れてはいけないような気がして触れられなかった。




「どうやって生きてきたら名前と番号をごっちゃにするわけ?あり得ないよ楓君」


「え?あーうん」


「あーうん、じゃないでしょっ!」




 あれ、なんか結局怒られてる?


 そう思いながらも彼女の説教は終わりを迎えようとはしなかった。




「名前って誰がつけてるのか知ってる?」


 さすがにそのくらいは知っていると思い、からかわれていると思った僕は少し期限を損ねた。


「親とかでしょ」


「そう!」




 彼女は頷きながらも話を続けた。正直面倒臭い、の一言につきるがこの話を終える術を僕は持っていないのだから仕方ない。




「名前って皆違うと思う。同姓同名の人もいるけど、それでもそれぞれ込められ想いが違うの。私は名前って愛されてる証だと思ってる。画数とかで運勢とか良くなるように考えたり、自分の字を入れてあげたり色々意図があるんだよ。だから、番号なんかじゃない」




 彼女の熱弁に僕は圧倒されていた。言い返す言葉もなければ、僕はたった今大切なことを教わった気にすらなっている。




「面白い。知らなかった。僕は親が早くに亡くなって親戚に育てられてるからそんなこと考えもしなかった」


「ほんと、どんな生活してるのか心配になるんだけど…」




 彼女に哀れまれているのは分かったがそんなことよりも、名前が大切なのだと知れたことの方が重要だ。


 確かに意味があるのは知っていたが、僕の両親も頭を捻って名前をつけてくれたのかもしれない。




 そう思うと胸のあたりが少し熱くなった。


「じゃあ、私そろそろ帰らないと…」


「あー、送るよ」


 彼女はニヤリとうざったい笑みを浮かべ口を開く。




「名前が大事って思っただけで随分紳士になったね~」


 なんとなく恥ずかしくなり目を背け僕も抵抗する。




「深刻な顔で部活の相談されたから少し優しくしてあげてるだけだよ」


「そうなの~、私弱いから夜怖いのよね~」




 その発言を耳にはさんだ僕はつい、本音を呟いてしまった。


「痴漢とか一人で何とかする癖に」


「なにかいったかな?」


 僕の呟きに素早く被せられたその言葉からは多大な重圧を感じた。だから「なにも?」と言い誤魔化した。




 駅まで五分程度歩くのだが特に会話を弾ませることなく歩いた。途中、横目で確認すると彼女は楽しそうに笑みを浮かべていた。




 月夜に照らされる彼女を見て僕は思ってしまった。


 この人は、美人な女性なのだと。




 改札の前に再び着いた僕と彼女は今度こそ互いの目を見て別れの挨拶をした。




「じゃあ、楓君また明日ね」


「うん。じゃあね日暮さん」


「えー、そこは下の名前でしょ」


「じゃーね、日暮さん」


「むー、頑固め」




 僕らは他愛ない会話を終え、互いに背を向け歩きだす。




 家に着くと僕は自室へ直行した。親戚の住むこの家に僕の居やすい空間と言うのはこの自室だけだ。


 ベッドに寝転ぶと携帯がピロンと鳴った。




 日暮さんからのメッセージだった。


『今日はありがとう』


『私の問題より楓君の問題方が重大だからまずは楓君を助けてからだね』




 そんなメッセージに喜びを感じている僕を僕は否定することなど出来なかった。


 おそらく、日暮さんは僕の求めている答えを知っていて導いてくれる。




 だが、問題もそれなりにある。日暮さんと僕との関係がバレてしまえばきっと僕の答えが見つかるより先に日常が壊れる。




 それを避けるための決意表明として日暮さんからきたメッセージに返信はしなかった。


 きっと僕は明日文句を言われるだろう。だが、それもまた楽しみの一つに思えた。




「日暮さん…か」




 この時の僕は浮かれていた。すぐ先に困難が待ち受けているとも知らずに…。

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