人気者のクラスメイトと僕の接点2
年に一度きりのクラス替えを迎え、生徒らは気分を高揚させているように見えた。無論、僕はクラスが変わろうが変わるまいが一人なのだから関係がない。
だからどうでもいいのだが、思うところもある。数日前までは先輩の卒業なんて当たり前の事に涙を浮かべていた奴等が今は笑っている。
人の涙ほど軽いものはこの世にはないように思えた。
新しい教室に入ると既に運動部の奴らは机に座り談笑しているようだった。どうやら後輩が出来るということに喜びを感じているようだ。
そんな人を見ているだけで嫌気が指す。
絶対に関わりたくはない。そう強く心に刻み込むのだが、問題は常に突然起きるものだ。
入学式も終わり一ヶ月がたとうとしている頃、校門のすぐ近くで僕の目に映ってきたのは自動販売機の前でたくさんのジュースを抱える背の小さい男子生徒。
僕の通う高校ではジャージの色で学年がわかるようにしてある。
黒は三年。赤が二年。青が一年。と。
僕の目にした男子生徒は青のジャージをきているあたり一年生なのだろう。
とても一人では抱えきれないジュースをどうしたものか、と悩んでいるようだった。
僕はこういう事をさせる人間が憎くて仕方ない。たかが、一年や二年早く
生まれただけで何を威張っているのか理解ができない。
気が付くと彼の持てない分のジュースを僕は手に取っていた。自分でも余計なことをしているなんて分かっていたのだが、たまには気まぐれな行動をとってもみてもべつにいいだろうということにしておく。
「あ、あの。自分持っていくんで大丈夫ですよ」
見るからに好青年だった彼は中身も好青年だったようで少しばかり安堵した。
好青年の足元に視線を落とし、体育館シューズをはいていることを察した僕は口を開く。
「いいよ、僕も体育館の方行くし」
自分一人では持っていけないことを本人が一番わかっていたのだろう。好青年はペコリと頭を下げて「すいません」と謝ってきた。
それがどういう意図なのかは分からないが、僕からしたら言葉を選び間違えているようにしか思えず、つい口を挟んでしまった。
「こういう時はさ。すいません、じゃなくてありがとう、だろ」
口にしてすぐ様我に返ってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい台詞をいっていることに恥ずかしさを隠しきれそうになくなったので僕は好青年より数歩早く歩き始める。
体育館までは自動販売機のあるところからすぐ近くだった。道中話すつもりなんてさらさらなかったが、好青年はよく話しかけてきた。
「先輩は何部なんですか?」
「帰宅部」
「じゃ、じゃあ体育祭は何組ですか?」
「緑」
「え!?俺も緑です!」
自らの関わりを持ってしまっただけにこの好青年が面倒臭い奴だなんて思いたくはなかった。が、実際のところを言うのなら面倒臭い。
僕は話したい訳じゃない。好かれたいわけでもない。好きと嫌いの中間をさまよっていたいそれだけなんだ。
体育館のドア前に着くまで、散々愚痴を聞かされた。主に体育祭の事で早くも内戦が勃発しているらしい。
一年生の頃は誰が上に立つ人間で立たない人間か、まだはっきりしていないのだろう。それだけに譲る心もなくぶつかり合う。
僕の時も内戦はあったし、本当にいつ思い返してみても醜い争いだった。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「うん」
「あ、あの、先輩の名前聞いてもいいですか?」
僕の名前がきくなんて何年ぶりの事だろうか。少なくともこの高校に入学してからは名前を聞かれたことがない。
単純に、僕自身が皆を避けていたから聞かれることがなかったのだろうが。
「杉咲楓すぎさきかえで」
「楓先輩、ですね。俺は五代春也ごだいはるやっていいます。それじゃあ、俺体育館戻るんでありがとうございました。」
深々とお辞儀をする五代君も来年は威張った先輩にでもなってしまうのだろうか。これほどの好青年が、威張るだけのバカになってしまう未来は正直者見たくない。
そう思いながらも五代君を見送った僕は校門の方へと歩き始める。
校門は自販機のすぐ横にあるため体育館からはさほど離れてはいない。だが、べつに近いとも思えはしなかった。
「後輩思いなんだね」
四月の下旬だというのにブレザーを着るのは暑すぎると感じ袖をまくるがそこまでの差はなく普通に暑いと感じていた。
一歩足を出せば汗をかき、もう一歩足を出せばまた汗をかく。これじゃあ、いくら水分をとろうとも足りないのではないか。
「ねーぇ」
校門から百メートルほど歩いた頃、なぜ自販機で飲み物を買わなかったのかと自分を忌ましめた。喉はカラカラで身体はベトベト。早く帰りたいの一択しか考えられなくなっていた。
目の前の信号機が点滅し始めるのを目にしたが、走る気にはならなかった。
行き交う車を見ながら何も考えていないこの時間は僕にとっての幸せとすら言えるのかも知れない。
「ねえっ!」
何かに袖を引かれて振り替えると信じがたい人物が僕に馴れ馴れしく話しかけていた。
去年といい今年も同じクラスになってしまった校内人気の美少女、日暮晴乃。
まあ、僕に言わせてもらえば好みの顔ではないのだが、周囲が美少女というのならそうなんじゃないかなと思えるくらいにはかわいいと思う。
「楓君さ、私のこと無視しすぎじゃない?」
「普段僕に話しかける人なんていないもので気がつかなかった」
真実を口にすると彼女はお腹を抱えて笑い始めた。
「めっちゃ可哀想!面白いけどやっぱ可哀想だわー!」
バカにされてることに嫌気が指し、青に変わる信号機を確認してから僕はまた一歩、足を進めた。
だいたい始めて話す相手になんであれだけ馴れ馴れしく出来るのか理解ができない。
よく思い返してみれば始めてではない。痴漢の夜に二回ほど口をきいている。が、、まあ、初めてということにしよう。
「楓君、楓君」
「もう、なに?」
二度と近寄ってこないように出来る限りの嫌がる表情を作って見せたが、彼女は喜ぶばかりで逆効果だったようだ。
「一緒に帰ろっ」
「無理」
「えーなんで?」
そう、問われるのなら教えてあげるのが礼儀だ。だから僕は真実を述べることにした。
「君は目立ちすぎるから近くにいてほしくない。僕は好きと嫌いの中間を生きていたい。僕なんかが君といるところを見られたらきっと恨まれる」
すると、彼女はふーんと、つまらなそうな表情をつくり口を尖らせた。
「でもさあ?そんな意欲のない人生になんの意味があるの?君の今生きている理由は何?」
「…」
僕が答えられずにいるのをみて彼女はフッ笑みをこぼし、憎たらしく言葉にする。
「まあ、楓君がなんと言おうが私が隣にいる時点で一緒に帰ってるのと同じだよ」
そう言われると文句の一つや二つ…いや、三つ四ついってやりたいと思ったが。言い返す言葉が見当たらず黙ってあるくしかなくなった。
いつもと代わり映えのない日常は、いつまでも続くものではなく、いつかは壊していかなければなりない試練の壁のようなものだったのかもしれない。
愉快に軽快に歩みを進める彼女をみて僕は思う。
なんて楽しそうに生きているのだろう。と。
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