人気者のクラスメイトと僕の接点1
学校も終わり、日が暮れる頃。
僕は君を見かけた。
暑くてむさ苦しい満員電車の中で、長い髪を一つに束ねた君は目に涙を溜めていた。
下唇を噛み締め、落ち着きのない様子の君から普通でない事など容易に想像がついた。
どうしたの?
その、たった一言を僕は言えなかった。
君はクラスでも人気がある目立つ存在だから、きっと僕なんかに話しかけられた日にはお祓いでもするだろう。
そんな自意識から関わると言う選択肢を削除してしまった。
僕が優しくない訳じゃなくて、僕は臆病なだけなんだ。
例えば、助けを必要としていないのにでしゃばってこられたらどう思う。明日には校内中の笑い者だろう。
勘違いを装い一級美女を狙うが捕獲ならず。なんて学校新聞も書かれてしまいそうで怖い。
結局のところ僕は、他人から好かれたくも嫌われたくもないんだ。それが平和だから。
それならば見て見ぬフリをすればいい。僕は日頃からそうやって厄介事を回避している。
僕はこういった生き方をして着実と独りの空間を造り上げてきた。
瞼を閉じ、妙に気まずいと感じるこの時間が早く過ぎ去って欲しいと願った。だが、僕の人生とやらは僕の思うようには進んでくれない。
突然、車内が激しく揺れ始め僕は多数の人間から押しに押され君の肩とぶつかり、目があってしまった。
かつてないほど近距離にいる君は、涙を一滴流していた。
やがて、体勢を建て直せるだけの揺れにおさまり車内は落ち着き始めていたのだが、僕だけは落ち着いてなどいられなかった。
君と同じ方向を向くように体勢を建て直したとき偶然見てしまった。君の太ももへ伸びる男の手に。その行為が痴漢だということは知っていたが始めてみる痴漢は驚異的な印象だった。
こういった場面での対処法とやらを是非学校で教えてもらいたいものだと心底思った。そうすれば何かしらの手助は出来ただろうに。
ここでむやみに関わってしまえば厄介事に巻き込まれかねない。警察からの事情聴取とか絶対に夜までなってしまうだろう。
だからこそ、警察沙汰にならないやり方を探さなくてはならないのだ。変に刺激しても良くないだろうし、どうしたものかと悩めば悩むほどに頭は働いてはくれなかった。
だから、僕は振り返り間に入るくらいの事はしようと思った。が、君は僕の袖を掴み始めた。
そして、僕にも聞こえるか聞こえないかという程に小さな声で僕に問う。
「犯人見えてる?」
「うん、目閉じてヘッドフォンしてる」
咄嗟にそう答えると君は平然と頷き、黙り始めた。この行動と質問にどんな意味があるのか僕なんかには想像がつかない。
それから数分も経たずに電車は駅に停車した。その途端、君は犯人の腕と僕の腕を同時に掴み突き上げると車外にまで広がるほど大きな声を出した。
「痴漢ですっ。助けてください!」
犯人は慌てて手を振り払い逃げようとしたが、生憎の満員電車で逃げることはかなわず、近くにいたスーツ姿のお兄さん達に呆気なく捕らえられてしまった。ついでにその横では僕が捕らえられていた。
顔を地面に押し付けられ腕を強く押さえられる。なんというか、これは一種の間違いなのだから賠償金とかとれないのだろうか、なんて考えていると君はようやく助け船を出してくれた。
「あー、この人は証人です。放してあげてください」
その声が消えるより早く僕は解放された。
辺りを見渡すとすでに警察官が三人来ていた。このお仕事の早さには安心して夜も出歩けると感心した。と、同時に絶対に犯罪は犯さないと誓った。
僕なんてきっとすぐに捕まってしまう。この男のように。
そう思っていると怖い顔をした警察官が目を光らせ僕の元へと近寄ってきた。逃げてしまいたい気持ちを通り越して動けない僕は目だけは合わせまいと下を見た。
ちょうど警察官の黒い靴が見えたときだ。
「君が目撃者だね?彼女と一緒に交番来てくれる?」
「か、彼女じゃないですよ!」
顔をあげ慌てて弁解する僕をみた怖い顔の警察官は、少しだけ口元を歪ませ言い直した。
「お付き合いとかじゃなくて痴漢された子を指してる意味の彼女、ね」
そう言われると恥ずかしくて顔が熱くなっていった。
本来ならば早く家に帰ってゲームでもしたい気分なのだが、今は恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい気分だ。
駅の近くには交番があり、中で事情聴取をした。犯人は裏口から入っていったため取調室か何かが奥の部屋にあるのだろう、とどうでも良すぎる予想をたてた。
粗方の内容を話し終えると僕と警察で言うところの彼女は放置された。
目の前にはなにやらパソコンをいじっている婦警さんがいた。あまりのつまらなさに嫌気がさしたのか彼女は婦警さんに話しかけていた。
「あのー、話聞いてくれます?」
「どうしたの?」
少し面倒臭そうに相手をする婦警さんの気持ちが痛いほど伝わってくる気がした。僕だったらこの場面で「聞かないです」と断言するだろう。
そう思ったことが表情に出ていたのか、彼女は僕を真っ直ぐ指差していた。
「この男、私が痴漢に遭ってるの気がついててずっとモジモジしてるんですよ?自分の身は自分で守れって意味をこの人をみてようやく理解しましたよ。まあ、一緒に捕まってたみたいなんでもう許してますけどね」
そう言って話している彼女の声は少しだけ高揚しているように思えて腹が立った。
確かに助けるのは遅かったかもしれないが僕だってそれなりには考えていた。なにより、痴漢に遭っといてこの明るい感じが気に入らないし、可愛くない。
ん?待てよ?
僕にはある疑問が浮かび始めていた。
「君が僕の腕も掴んで上げたのって捕まれってこと?」
本日二回目の会話で僕はそう問いかける。
すると、彼女はうふふふと奇妙で憎たらしい笑い方を披露し始め口にした。
「分かる?分かっちゃう?めちゃ面白かったよ無罪の独りぼっち君」
その言い方に悪意こそ感じられないものの僕が怒るか怒らないかでは別問題になる。口喧嘩なんていつぶりかも分からず、やってやろうと思ったとき、僕ら二人は帰らされた。
婦警さん曰く、仲が良いみたいだから二人で帰るのよ。ちゃんと送ってあげてね。だそうだ。
そのせいで僕は最寄り駅の一つ前の駅で降りるはめになっているのだ。おまけに夜道を二人で歩くなんて気まずいし疲れる。
ここまで良いことのない日というのも珍しいものだ。一層の事なにかの記念日にでもしてやろうかとも思えたが、それは違う、とすぐさま自己否定に入った。
僕に会話をするスキルがないことなど分かりきっているであろう彼女が気を使って話しかけてきた。真剣な表情で見つめられるとつい、目をそらしてしまう。
「ねえ、私の太ももは気持ちよかった?」
無視…。
「始めて罪を犯した感想は?」
僕はようやく分かった。
クラスで人気者。そして校内で一番か二番目かにモテているであろう彼女は脳のネジが普通より足りていない。
僕が溜め息をつくと彼女はフッの笑いながら聞いてきた。
「ケガ、してない?」
「君こそ」
「私?私はマッサージしてもらったようなものだから。超気持ち悪いけどね」
なんて、返してあげれば良いものか判断することもできずに作り笑いでこの場を凌いだ。
そして、今度は僕から話しかけることにした。
「あの、ごめんね。助ける勇気とか無くてさ」
そう口にすると彼女はあははと笑みをこぼし僕を見上げてきた。
「本当だよっ。ビシッと助けてもらいたかったな~」
「ほ、ほんとごめん」
言い返す言葉がない、そういうことが何よりも悔しいのだと始めて実感した。
「でも、気にかけてくれてたのは少しだけ嬉しかったかも…」
そう言い残して彼女は暗闇へと走り、消え去っていった。
そんな女の子を追うことが青春の一ページになるのだとしたら僕の青春は生涯ページを刻むことはないのだろう。
彼女のいる方に背を向け僕は歩き始める。振り替えることすらも面倒くさく、ただ前だけを見据え一歩一歩踏み出していった。
そんな、最低な夜を共にした僕と彼女は翌日からなにもなかったかのように日常へと戻っていった。
このままお互いにこの夜のことを忘れて卒業していくのだと思っていた僕の記憶からは、本当にあの日の夜の記憶が忘れ去られ消えてしまっていた。
だから半年という時を経て君と再び話すときにはこれが始めての会話なのだ、なんて錯覚を引き起こす。
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