まねくて。

ーこっちにおいでよ


路地裏から手招く声が聞こえた。

聞き慣れた…否。聞き慣れていた声で僕を誘っていた。

数歩だけ足を踏み入れて問いかける。


「そこには何があるの?」

ーいろいろあるよ。ほら、君の好きなりんご飴とかも

「ふぅん」


ぐっと目を凝らすと薄青いワンピースを着た女性がそこに立っていた。

ふわりと揺れる裾からはすらっと白い足が伸びている。日に焼けた僕の足とは対照的だ。


ーほら、おいでよ


世界から音がなくなった。

その中で声だけが鮮明に聞こえる。


ーおいでよ。待ってたんだよ


にこりと笑う顔は。


僕は吸っていた煙草を彼女めがけて投げた。

灰を落としながら放物線を描いて、煙草は彼女のワンピースにぶつかってぽとりと落ちる。白い肌が面白いくらいに燃えていく。


ーなんで…なんで…

「お前は僕の好きなものなんて知らないんだよ」


一層声を低くして吐き捨てやった。

最後に見た顔は泣いていたように見えたが、正直。


「顔なんて覚えてねぇや」


路地裏には灰になった吸殻だけが残っている。



(暗転)

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