スイッチ。
僕の彼女にはスイッチがある。
慎ましやかな胸と胸の間にひとつ。古い家でよく見るようなオンオフ式のスイッチ。
女子の裸を見るのは彼女がはじめてな僕でも、それは異質なものだと認識は出来ていた。それでも、もしかしたら本当は当たり前なのかもしれないというナノレベルの心配が膨らんで僕はそのスイッチに触れることはなかった。女子の体は不思議が詰まっているのだから。
「もしもこれが世界を滅ぼすスイッチだったら、君はどうする?」
ある夏の日、彼女は僕にそう言った。
深刻そうでもなく、だからと言って楽しそうでもなく。明日くもり予報だねっていうくらいのテンションで。
「君がこのスイッチをオンにするたびに、この世界の誰かが消えるの。その存在ごと。」
テレビの方を向いていた体ごと僕の方に向き直った。だるんとゆるんだ首元からスイッチが見える。
「君が切り替えれば切り替えるほど。誰かが消えて行く。最後の一人まで。」
彼女はゆっくりとTシャツを脱いだ。
下着もつけていない体が安っぽい蛍光灯の下にさらされる。
何もできない僕の腕をゆっくりと掴んで、彼女は僕の手を胸の間…スイッチがある場所に乗せた。
僕が力をこめれば、スイッチが押せてしまう。
嘘でしょ?なんて茶化せなかった。
彼女以外の”女の子”を知らない僕が聞いても嘘みたいな話なのに。だいたい胸の間にあるスイッチなんてエロい機能がついてるのが相場だろう。相場なのか…?
「…試したことあるの?」
情けなくて涙が出るくらい、僕の声は震えていた。
「ないよ」
「じゃあなんで分かるの?」
「そうって決まってるから」
「はぁ」
こつんと小さな羽虫が電球にぶつかった音が聞こえた頃、僕は彼女の腕を振り払った。払ったといってもそもそも力なんて入ってなかったけど。
「誰かが君だったら…僕はやだな」
「…そっか」
彼女は膝の上に置いていたTシャツを着てから立ち上がった。
それを見て僕はようやく、何か大きなプレッシャーから解放されたような気になった。
「ねぇ、もし間違えてオンにしちゃったらどうなるの?」
僕は彼女にそう問いかけた。
すると彼女は振り返って僕の方を見て笑う。大きな黒目が特徴的な目を細めて。
「そんなのあるわけないじゃん」
(暗転)
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