振り返る。

ベランダにかけた手を離したのは、もう何度目だろう。

悲しかったことも、辛かったことも、嬉しかったことも。

見返せば多くをひとりで噛み続けてきた。


不意に振り返っても、誰もいなくて。

この感情をぶつけられる人も、涙を分け合いたい人も遠くいなくなってしまった。

まだ足りなかった、足りるはずがなかった。

もう思い返しても遅いのに。

沢山の感情を共有したはずだった。だからこそ苦しい。


もうこの感情を共にできないから。

どんどんと身体に溜まっていくんだ。

不幸も苛立ちも、幸福も喜びすらも。抱え込むと毒になる。

毒がぐるぐる回ったら、正常な判断なんてできないのは当たり前だろう。


それでも。

ぎしりと頼りなく鳴る音が、手のひらから伝わるひんやりとした感覚が。

こころの底も頭も冷やしていく。

そして冷やされたこころは熱を欲してしまう。

希望を、欲してしまう。


人一倍さみしがりやだからすぐに後ろを振り返ってしまう。

感情の共有を求めてしまう。

人一倍あの頃の記憶に、あの人たちの記憶に縋ってしまう。

共有できると思ってしまう。


自分がそうなように、他の人もそうなんじゃないかと思ってしまう。


自分がたとえその輪に入っていなくても。

たとえ最初から勘定に入っていなくても。

自分を思って振り返ってくれる人がいるんじゃないかと。

錯覚してしまう。


ーまだきっと望みはある…あるって思わせてくれ


そう呟いて部屋の中に戻った。

こころはまだ、夜との戦いを諦めきれないまま。



(暗転)

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