役者。
「本当に成長しやんなお前は」
目の前でやりきったと言わんばかりの顔をしている看板女優に抑えていたため息を吐き出した。
「そうですかねぇ…」
「あぁ、何度も言っとるけど」
やりきれない気持ちを頭を掻くことで発散しようと手を伸ばすも。目の前で明らかに不機嫌そうな顔をされてしているのを見てしまい、叫びたい気持ちを押し殺すためにその手は空中に謎のチョップを連撃するにとどまった。
ーあれで看板女優言うんやからなんというか…先が思いやられるな
古くからの友人から頼まれて、俺は来月末に旗揚げ公演をする劇団の演出をしていた。初めて訪れた北海道は雪がちらついていて、持ってきている冬着で大丈夫だろうかと不安に思っていた昨日がもはや恋しい。
「お疲れ様…なんかごめんね」
「お前のお願いじゃなかったら切れ散らかしてるよ」
「あーまぁそうだよね」
困ったように笑うのは件の古い友人。小学生の頃、俺の地元に転校してきてから、就職で離れるまで何だかんだずっと仲がいい友人だ。まさか地元で劇団を立ち上げていると聞いてはいたが、まさか仕事を振ってくるとは思っていなかった。
「ずっとみんなこの調子だから頼んでもやってくれる人がいなくて」
「あんまり言いたくはないけどさ、この劇団旗揚げするには正直まだ実力不足だと思うぞ?」
「うーんそうだよねぇ」
正直友人がこの劇団にこだわっている理由が分からなかった。旗揚げ公演と言っても地元の演劇の前座のようなものだ。わざわざお金をかけて俺を呼んでまで頑張る必要は…正直ない。
「なんでお前が大変な思いする必要性があるんだよ」
思わず言葉が口をついて出た。もし友人が本当にこの劇団の人間を信頼しているのであれば言わない方がいい言葉だっていうのは分かってた。それでも、ここ数日接してきて、言い方は悪いがこんな奴ら、友人が俺に頭を下げる価値はないだろう。そう思ったのも事実だった。
「大変じゃないよ別に」
「稽古時間も守らない奴らの機嫌を損ねないようにしつつ俺に謝ってるのに大変じゃないっていうのか?自分の練習時間や合わせの時間削ってまでっていうの知ってんだぞ」
少しだけ厳しく友人に言う。すると今まで困っていたような顔をしているもののこちらを見ていた友人の視線が初めて外れた。目の前で下唇を噛んで何かを必死に耐えている。
「でも、俺を助けてくれたのもあいつらなんだよね」
吐き出すような言葉。助けを求めたいけど手を伸ばせないというような声色に言葉にならないため息が漏れる。
自らがんじがらめになっている友人を助ける術を俺は知らない。
友人がここまでになるまで放っておいてしまった自分に気が付いた俺は、もうすっかりぬるくなったコーヒーを啜った。
(暗転)
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