気の置けない関係性。

「少し音抑えろっつってんだろ!」

「お前が小さすぎんだよクレッシェンド1万個ついてんのかぁ!?」

「馬鹿の一つ覚えかよ?そもそもクレシェンド知ったの俺が昨日教えてやったからだろぉ!?」

「先輩お二人止めなくて大丈夫ですか…?」


うちのドラムとキーボードは仲が悪い。それはもう新しく入ってきた気弱なギタリストに本気で心配されるくらいには。


「あーうん、いつものことだから」


今にも泣き出しそうな後輩の視線をふらふらと躱してスタジオのドアに手をかける。重たい押し扉に力を加えるといまだ止まない怒号の応酬の中にパタパタと走る音が混ざっていた。そのままスタジオを出ると当たり前のように閉まりかけの扉から後輩がするりと抜け出てくる。まぁ確かに喧嘩中のひとたちがいる部屋にはいたくないだろう。


「あれがいつもなんですか?」

「まぁね」

「解散とかにならないんですか?」

「一回もなったことないね」


少しの嘘が紛れた言葉に後輩が驚きの声を上げた。正確には当人たちが解散を申し出たことがない。そもそも解散の話が出てこなかったらこの後輩はこのバンドに入ることがなかったのに。その考えが頭をよぎることはないんだろうか。


ーごめん、もう俺無理だわ…


怒号に耐え切れずにここを去った親友の声がフラッシュバックして、角が潰れた煙草の箱を取り出す。しかしライターを持っていないことを思い出した。隣を見るが、そもそも未成年がライターを持っているわけない。


「先輩煙草吸う人でしたっけ?」

「ライター忘れてくるような奴が普段から吸ってると思うか?」


当人同士は今のままでいいんだろう。言い合うことが出来る関係というものはとても素敵なものだ。その証拠に二人の本番の演奏はどんな観客をも魅了する。


でも。


「一緒にいる人間の気持ちってのは置き去りなんだろうな」


減りが異常に遅い煙草を眺めながら、微かに聞こえる怒号に耳を傾けた。



(暗転)

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