引越し。

引き払い作業が終わり、がらんどうになった部屋を眺める。空になった部屋は自分が思っていたよりも広く感じて。荷物を片付けている時にも思ったが、人間はどうやら圧迫するほど詰め込むのが好き…というか本能で詰め込んでしまうようだ。

カーテンもとうに引越しトラックの中で。部屋の中には隣のビルの内灯やら、街路を走る車のランプが入り込んでいる。感傷に浸るだなんて性分じゃないのになぁ…なんて吐いたため息はストーブのついていない部屋には暖かかったようで白く染まった。雪が降る前に決行して本当に良かった。今の倍は寒くなっていただろうし下手したら路面が雪でツルッツルになってしまっていただろう。

この部屋に特別な思い入れは特にない。思い出は大体外で出来上がって、取捨選択して自分の脳に仕舞ってきたから。それでもやっぱり、一時でも自分の帰る場所になってくれたこの部屋を去るのは少しだけ勿体ないような…寂しいような気がしてしまう。でもそう思うのは人間だけなんだろうな。その証拠にこの部屋は早くされとばかりに足元を冷やしてくる。


「あ、やば」


長く感傷に浸ってしまっていたせいで引越し業者がもう新居に向かっていることを忘れていた。鍵を持っているのは自分だけだから業者が立ち往生してしまう。


「車の鍵は…あった」


小走りで玄関に向かい靴を履く。この景色はもう自分の目には映ることがないんだろう。


「…ありがとうございます」


思うと、深々と一礼するほかなかった。



(暗転)

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