夢をみる。
夢なんか見るもんじゃない。
夢なんか見ていたら寝ているのに体が休まないし、悪夢なんて見た日には寝起きの気分は最悪だ。
けれど俺はやけに夢を見る。眠りが浅いんだろうか?
「ねぇ」
明るい声に振り返る。そこには真っ白な空間に一人、これまた真っ白のワンピースを着た小さな少年が立っていた。
「ねぇ!夢を見ない?」
「さっきから見てるんだけど」
「分かった!じゃあ僕の手を掴んで!」
「聞いてんのか?」
てとてと走ってきたかと思えば低い身長で必死に背伸びして手を伸ばしてそう言ってくる。ただでさえ夢は面倒くさいのに今日は倍疲れさせるつもりか?
「じゃあ行くよ!」
「おい!勝手に掴むな!」
とりあえず距離を取ろうとするも子供特有の反応の速さで手をつかみ取られてしまった。振りほどこうとしてもどこにそんな力があるのか、全く振りほどける気がしない。
「じゃあ夢の世界に出発!」
そう少年が声を上げるとふわりと体が浮き上がる。そして白かったはずの床がうっすらと青色を帯び始めた。まさか。
「そう、そのまさかだよ!」
心を見透かした少年は跳ねる声で言う。青みはだんだんと色濃くなっていき空間が青に包まれる頃には自分が空の中に投げ出されていることが分かった。なんだか徐々に風も出てきている気がする…これ落ちてないか?
「いい加減にしろよ!!落ちてんだろ!!!」
「大丈夫大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇ!高いとこ駄目なんだよ!」
風が真下から吹き上がってくる。ジェットコースター特有のふんわりが順当に気持ち悪い。
「ほらほら下見て!」
「…っ」
手を引かれて怖さを押し殺して薄目を開いて下を覗く。
「…え?」
そこには今まで広がっていた青…ではなく。
「ここって…動物園か?」
点々とある黒や緑に囲われた地にいる動物たちが見える。
「ちょっとゆっくりになるよ!」
だんだんと地面が近づいてくると吹き上げていた風が弱まる。特有のふんわりがさらに強く来て若干晩御飯を戻しかけた。
「って檻の中に入んなよ!」
降り立ったのは完全に柵の中。俺の怒りを尻目に少年は何も悪びれのない様子で笑っている。
「てか他の客にバレたらどうするんだよ!」
「大丈夫だよ!お客さんには僕らのこと見えないし」
「あっ、そうなのか…ん?」
二人で話していると目の前が陰になる。振り返るとそこには自分たちよりも遥かに大きい象。そうかここは象の檻か。
「…これどうぶつにも見えてないんだよな?」
「そうだよ!」
「ってことはここいたら危ないだろ!」
そう言っている間にも象は徐々に近づいてくる。なのにも関わらず少年は全く動かず俺の手も離さない。
「死ぬだろ!」
「大丈夫だよ!」
「もう駄目だろこれ!」
死を覚悟して目を固く閉じる…がいつまで経っても衝撃が走ることはなかった。恐る恐る目を開くと象の姿がなくなっていることに気が付く。手を引かれて後ろを振り返ると象はいつの間にか俺らの後ろにいた。
「夢の中だからすり抜けるんだよ!」
「先に言え!」
「はいはーい今ご飯あげるから!」
「ん?」
叫んだ声の直後に今度は俺らとは違う別の人間の声。前を見ようとしても象が邪魔で見えない。おそらく前の方に誰かいるのだろう。せっかくだしすり抜けていこうかとも思ったが、なんだか嫌な気がして象から回り込んでその声の主を見ることにした。
「あ…れって」
回り込んで俺は驚きで固まる。そこには確かに…俺がいた。
「どういうことだ?」
頭の中を?が支配する。だって自分はここにいて、それでも確かに目の前に全く同じ人物がいる。そしてそいつは何故かめちゃくちゃ楽しそうに象に餌をあげていた。
固まる俺に少年は「これは君の夢だから」と声をかけてくる。
「確かに夢だけど…なんでこんな?」
「だって…これは君の夢だから」
間をおいて、もう一度少年が言う。笑っているはずなのに印象ががらりと変わった気がする。笑っているんだが、満面の笑顔を貼り付けた表情がやけに不気味な感覚を覚えて僅かに後ずさった。すると急に地面がぐちゃりと音を立てる。
「え?」
そのまま地面が俺を飲み込んだ。泥がぐるりと壁を作り、思わず目をつぶる。
ーこれは君の夢だよ?
声が隣じゃなくてどこかから響いている。そういえば掴んでいたはずの少年がもういないことに気が付いた。
「夢なのは知ってんだよ!」
ーこれは君の夢
「だから!!」
人の話を聞かない声に怒鳴る。すると僅かに目の前の土から光が漏れる。
「クソっ!」
見えなくなる前に掘り返す。光の漏れが大きくなって目が眩む。光に慣れた頃、目の前にはまた自分と瓜二つの人間が…今度は野球選手になってホームランを打っていた。
「なっ…」
驚くと同時に目の前の景色が目まぐるしく変わる。すると今度はまた俺と瓜二つの人間が舞台役者になって舞台の上で演技をする姿。また景色が変わって今度はバンドマンとして歌を歌う姿。そして今度はサラリーマンとして働く姿。そして今度は…。
「っ!!」
目を見開くといつもの見慣れた部屋の天井が目に入った。どうやらやっと目が覚めたらしい。起き上がろうとすると体が軋む。隣に置きっぱなしのスマホを見るともう16時になっていた。
「もうこんな時間か」
リストラされてから早半年。なかなか次の仕事が見つからずほぼ諦めてしまった俺はこうやって昼夜逆転の状態で毎日を過ごしている。
最近はずっとこんな感じだ。夢ばかり見て、しかも今回は自分が過去に憧れていた仕事をしている自分の夢だ。気分が悪い。
「…クソ」
夢なんか見ていたらまた現実が圧迫されるだけだと再認識する。
やはり、夢なんて見るもんじゃない。
(暗転)
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