建前。

人の嘘は脆い。他者からの告発だけじゃなく時には自分自身の言動であっさりと崩れてしまうものだ。そんな脆さを強固するために人は”建前”というを使う。



「あ」


ここは街の中でも一番に大きいショッピングモール。

せっかくの午前授業なのだからと誘ってくれた同級生から「家の手伝いで遊びに行けなくなった」と連絡が入った僕は、セールという言葉に惹かれた母親と二人で件のショッピングモールを訪れていた。

そしてそこで見かけた明らかに見覚えのある背中に僕は本屋に向かっていた足を止める。

僕の声が聞こえたのか、視線が気になったのか。数秒の間が経ってゆっくりとその背中が振り返る。


「おぉ…さっきぶり」


ぎこちない笑顔を貼り付けた同級生は少しの動揺が含んだ声で言った。


「えっと…たまたま必要なものがあって買いに来たんだよ」

「そうなんだ、大変だね」


僕は彼を労わるようにそう言って笑う。例え彼が新作ゲームを持っていて、彼のそばにこれまた同級生の女子が見えようと、わざわざ「デートのためにドタキャンしただろ!」なんて口が裂けても言えない。


「そうなんだよ!で、こいつはたまたま会ってさ」


聞いてないのに同級生はさらに言葉を並べ立てる。あーあ、彼女(かもしれない同級生)の表情が曇り始めている。これはまずい、と心の片隅でぼんやり思った。もし自分が彼女と同じ立場だったらいてもたってもいられずにモール特有の大きな窓から飛び出して森に行ってしまいそうだ。


「そうなんだね、じゃあ僕もお母さん待たせてるからこれで」


二人のためにもそう切り出すと目の前の仮面が僅かに崩れる。


「そっか!じゃあまた学校で!」


そしてその崩れかけた仮面で笑って同級生がそう言ったので僕は彼の顔を見ないように視線を反対方向へ流して歩き出す。女の子の少し不機嫌そうな声が背後から聞こえた気がした。



「はぁ…」

「後ろ結構狭い?」


セールの戦利品に埋もれながらため息を吐くと母親の心配そうな声が降りかかった。


「いや大丈夫だよ」

「そう?ちょっと買いすぎちゃったよね…でも任せて!食材もいっぱい買ったから今日の夜ご飯は豪勢に行くから!」


そう息巻く母親の声をBGMに僕の視界に映るのは仲良く歩く同級生の二人。どうやら帰る時間も被ったらしい。


「…夕ご飯楽しみにしてるね」


喉元まで出かかった空気を押し殺して、僕は努めて明るい声で母親の声に答えた。



多分、彼は彼女に誘われたんだろう。そして僕との約束を蹴った。そりゃあ盛りの男子高校生、同じ野郎と遊ぶよりは女子と遊んだほうが有意義だ。それは分かる。でも僕のことを友人と公言している以上、女子と遊ぶからやっぱり約束なしでなんて言えなかったんだろう。別にそう言ってくれてよかったのに。一体いつから建前だなんて巧妙な技術を身に着けたんだろう。技術があったところでそれがすぐにバレてしまったら元も子もないというのに。


そもそも”建前”は柱などの基本構造を組み立てて屋根の頭に棟木というものを上げる日に行う伝統的な儀式のことを言うらしい。

人間という構造を理解し、大人に成るための儀式が建前なんていうのなら。僕は一生子供のままでいたい。



(暗転)

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