第95話

 気絶したユリウスを尻目に、先程分断した奴の冥界に目を向ける。


 ただの寿命で事切れた者に対して蘇生を図る様な事はしない。輪廻の輪に乗り、次の人生へと駒を進めてもらう。


 そうでない者達。道半ばでユリウスに命を奪われた者のみを選定し現世に呼び戻す。


 まだこの世に未練があると声が聞こえてくるが、ただ輪廻に送る事しか出来ない。


 ユリウスというダムが決壊し、彼等は果て無き旅へと放ってしまった。


 これからもこういった事象と対面し、その度に心を痛めてしまうのだろうな。


 何度だって悲しみ、やり抜こう。善人なザインだけが、彼等に次を与えられるのだから。


「……あんがと……って、言う所か?」


 目の前にはグラサンにスーツ姿をした変わった格好の女性が立っていた。


 えらく潮らしく、こちらのご機嫌を伺っているらしい。


 情報統合体アカシックレコード起動。


 対象の記憶を複写。


 対象――――『冒涜の悪魔・ダンタリオン』。


「あいてッ」


 目元が隠れるまで俯いたダンタリオンに対し綺麗なチョップを食らわしてやる。


「暗すぎる、らしくないにも程があるだろ」


「……ぐぅ」


「冥界できちんと反省したか?」


「……ああ、きちんとな。これでもかってぐらい」


「だったらいいさ、早く帰ろう。腹が減って仕方が無いよ」


「ザイン――――くん……?」


 二名の対象を確認。


 対象の記憶を複写。


 対象――――『無限の魔法使い・アル=アジフ=アモエヌス』、『星の神・ヘレル=ベン=サハル』。


「二人も無事だったか。どうだ、一度死んだ感想は?」


「ああ……とは言え、あまり記憶は無いのだがね……」


「えぇっ!? 覚えてないのぉ!? メッチャキモかったんですけどぉッ!」


「ヘレルは認識出来たのか。ご愁傷様」


「ホンットあり得ないっ! やっぱ人が死なない様にしましょうよ、可哀想ったら無いわあんなの!」


「トラウマものらしいな、死んだ事が無いから知らんが」


「ザインも一度ぐらいは死んどいた方がいいわよ! 世界が百倍綺麗に見えるもの!」


 現世への帰還を果たしたヘレルの興奮は収まらず、冥界を議題にしたマシンガントークは止まらなかった。


 耳で受け取った音を脳味噌でバウンドさせ、情報の核へと届ける。本来の俺ならばどんな事を感じていたかをきちんと処理し、人間の様に快活な声で話す。


「それで……これからどうする?」


「そうだな……昔と同じ、旅に出ようと思っているよ」


 垢抜けた様な、憑き物が落ちた様な顔をアルは見せる。


「この衝動を噛み締めながら、何処かで必ず妥協点を見つけてみせる。僕は本当に……愚かしい事をした」


「気にしなくていい、被った俺が言うんだから」


「ありがとう……もし、いつか答えが見つかったら……また会ってくれるだろうか?」


 この子は今更何を問うているのだろう。答えなど決まっていると察してくれても良いんじゃないか?


「ああ、いつでも歓迎するよ。その時は酒でも飲みながら……な?」


「アル、早く答えを見つけてちょうだい――――喉が乾いて仕方が無いわ」


「君って言う奴は……」


「酒飲みも大概にしろよ……」


 まだまだ語りたい事はある。一度は敵対したとて、彼女達のおかげで俺は選択出来たのだから。


 それでも、別れが口惜しい程度が丁度良いのも事実。


 今は別の道を行き、いつかの再会を心待ちにしていよう。


「ザイン君。僕では頼りないかも知れない。力として役に立たないかも知れない。それでも君の前にどうしようも出来ない障害が立ち塞がった時はいつでも呼んでくれ」


「一人で抱えない事! お酒一本で悩みを聞いてあげるわよ!」


「例え世界の何処へ居ようと――――君の為なら、駆け付ける」


「ああ――――打ちのめされた時は、助けてもらうよ」


 同時に固い握手をし、二人から抱き締められる。親愛の様な感覚が胸に降りしきり、心の奥が熱くなる。


 ――――安心した。まだ、大丈夫の様だな。


 アモエヌスの領土を後にし、二人は希望に溢れた平原を行く。


 二人の行き先は誰にも分からないが、絶対に心配はいらないと心の底から思う事が出来る。


「さて――――帰るか」


「…………おう」


 ダンタリオンは未だに気まずそうだ。助けに来て欲しそうに泣いてみせたくせに、どうしてまだシナシナとしているのか、コレが分からない。


「な、なぁ……」


「ん?」


「ん――――」


「……何をしてるんだ?」


 手を後ろに回し、顔をこちらに突き出している。瞳を閉じ、唇を尖らせている事から推測は出来るが、今はダンタリオンに答えさせてやりたい。


「キ、キスだよ……ヒロインを助けたんだぞ……キスのひとつぐらい、あってもいいだろ」


「君ってそんな子だったかな? 性格変わった? 新しい自分に挑戦中か?」


「だ、だぁっ! ウルセェんだよフニャチン野郎が! なんか……こう……色々あってグチャグチャなんだ! いいからキスしやがれ童貞野郎!」


「はいはい分かったよ。それじゃ、目を閉じろ」


 俺の言う事を間に受けたダンタリオンは目を閉じる。


「うむっ……うん?」


 そんな彼女の唇に親指を押し当て、目を開けた際に悪戯っぽく笑ってみせる。


「暫くキスは禁止だ。反省期間として我慢しなさい」


「――――分かった。このムラムラを押し込めて、一ヶ月後にはザインの卒業式だ」


「変わらないな……お前は」


 変に前向きな所や性に正直な部分は何をしても不変らしい。


 唇に押し当てた指から彼女が確立出来るだけの魔力を送り込んだ。これでダンタリオンは己が宿命に囚われず、自由に生を謳歌出来る。性格の矯正というか、倫理観を叩き込んでやるのはもう少しだけ後にしてやろう。




――――


 家が無かった、職が無かった、食べる物が無かった。


 死にそうな時に拾われた。


 冥界の王は性格の悪そうな笑みを浮かべて、それでも私を助けてくれた。


 だから手を貸した。命を助けてもらったのなら、私のこれからはあの人のものだ。


「どうして……私を生かしたのでしょう」


 気色の悪い冥界から、何か強い力で弾き出され、無人となった街に立ち尽くしていた。


「裁定が不安定ですね。私はあちら側ですのに」


 散々悪事を働いてきた。冥界の手下として、人類に試練を与えてきた。


「悪人がここにいますよ。始末しておいた方が良いですよー」


 虚空に呼び掛けるが、返答は無い。


 つまりはザインに助けられ、私はここにいるという訳だ。


 ならばこの命、彼の為に使い果たそう。


「やはり歳頃ですから女体を弄りたい……いえいえ、彼はあれでモテますからね。彼女さん達に任せておきましょう」


 ならば何をして欲しいだろうかと思案すれば、答えは案外簡単に見つかった。


「――――良い事でもしましょうか。きっと、彼も喜んでくれる筈ですね」


 いつか善行の底まで辿り着いた時、自首でもして処刑台を上ろう。


 それまでは、彼の為に人を救う。


 ――――シセロは歩く。彼女の旅も、また始まったのだ。




――――


「妹よ先程の次元震は感知したな」


『はあ!? いきなり何ですか! こっちは今ラファシス銀河戦争中ですよ! もうすぐ終わるから良いですけど、ワタシじゃ無かったらキレてますからね!』


「妹よ、既にキレているじゃないか。泣くぞ? レイベル、泣いてしまうぞ?」


『それで、何です――――ッて、クソボケがァ! 何勝手に主砲撃ってんだハゲェ! 金玉すり潰してコロッケにすんぞアアンッ!』


「妹よ、兄、お前の将来が心配。掛け直すよ」


『いいですいいです、今念話に切り替えましたから……それで、次元震。確かにありましたけど、百程度でしたよね? 脅威になりますか?』


「レーダーに頼り過ぎているな。己が七感で感じなかったのか?」


『ええと……冥界ですか……七感とは何か分かりかねますが……うわっ、特聖待ちの魔法使いの様ですか……』


「先日、次元を突き破り何かの信号を発したのだが、低文明すぎて翻訳家が見つからなくてな。恐らくはその時の彼が次元震を起こしたのだろう」


『何か問題ありますか? 特聖とはいえ、百の次元震ですよ?』


「我らの探知を超え、桁違いの質量がその世界に現れたのだ」


『現れた……?』


「――――兄さんを見つけた」


『――――嘘』


「本当だとも。あの感覚は兄さんだ。忘れるものか」


『うぅ……うぅ……やっと、やっと見つけたんだ……』


「気持ちは分かる。オレも泣いたもの」


『ぐすん……泣いてる場合じゃ無いですね。すぐに戦争を終わらせます。そしたら一緒に兄さんを迎えに行きましょう』


「何を言う妹よ――――これは自慢だ」


『――――へ?』


「オレが先に再会して感動の抱擁を授かるのだ。羨ましいだろう」


「うぅ……ば、化け物……」


 男が踏み付けにしている絶対熱を放つ種族に対し指鉄砲を作り、発射する。


 たったのそれだけ。指に集めた少量の魔力を放つだけで惑星以上の質量を持つ対象は呆気無く砕け散った。


 太陽に酷似した星をその身に内包している種族の最後の一人は消滅し、地獄の赤だけがその場に残る。


『さッ――――最っ低っ!! 考えられませんよそんな所業! あっていいものですか!』


「ハッハッハッ、因みにオレの方は終わったぞ。ラプター恒星群の反逆者共は根絶やしだ」


『ちょっ、ちょっと待って下さい! 私も急いで終わらせますから!』


「それがな妹よ、今から向かうところなのだよ」


『ハァ!? ふざけんじゃねえぞこのボケ――――』


 男は微動だにしないまま脳の中で通話を切る。


 ひとしきり妹と呼ばれる存在を弄んだ彼は腕に付けた時計型の装置を稼働させ、惑星間を


「レイベル様、お待ちしておりました。準備の方は整っております」


「よろしい、戻らないやも知れんが、その時は妹が任を引き継ぐ」


「ハッ!」


 男は歩く。銀色の髪を振りながら、灰色に濁った瞳で昔に去った兄の姿を思い浮かべる。


「次元転送装置『天照』起動。全システムオールクリア。物質情報を入力。渡航者――――レイベル=ツヴァイ=オーバーロード。総督、いってらっしゃいませ」


 転送装置が稼働する。男を乗せて、ザインの元まで――――。


「アース六十七――――【リーンフォース】」

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