第94話

「アンタを見逃せば……世界に住まう神格は殺し尽くされる。人類にとっては彼等の居ない世界は試練まみれの世界になるだろう」


「勿論、君が大事にしているダンタリオンの命は除いてだ。妥協点というヤツだよ、君と君を渦巻く環境の一切に手を出さないと約束しよう。人の身の一生であるならば、平穏に暮らせるだろう」


「……ここでアンタを捕らえたならば、俺はあらゆる世界の強者共に目を付けられる。そして俺自身も、人間としての常識が消え失せるかも知れない」


「神など生温い、世界を超えた闘争が始まるやも知れない。その中を君の大切な人達がついて来る事が出来るだろうか。世界との決別を、選ばねばならないかも知れない」


「性格悪いな、アンタ」


「よく言われるよ」


 最早悩む悩まないというレベルを超えている。俺が為さねばならない事は心に決めたのだから。


 例え地獄の様な未来だって、行くと決めた。


「人を知り、自分を知り、勇気を持って前へ踏み出せ……らしいぞ。古い人達の言葉だ」


「ほう……答えは決まっていると……」


「ユリウス――――アンタに墜とされた人々を解放して、俺は世界に向き合うよ」


 これからの事を考えると怖くて堪らない。もしかしたら俺に勝てるだけの存在が生まれ、殺されるかも知れない。


 率先して世界に関われば、残っている自我すら消え失せるかも知れない。


「例えこれからどんな事が起ころうと、決して折れない。言葉では無く、殻の心で好きを知ったから。これからも彼等の様な素晴らしい人達と出会いながら、その人達が笑顔で過ごせる世界を作る」


「間違えるとも――――歪むとも。想像すれば分かるだろう? 君は必ず耐え切れず、苦しみもがき後悔に塗れる。人の身で、耐えられる筈が無い。大切な者達は君の後など追わないよ」


「折れるのは当然だ、ミスをするのだって。俺だって数え切れないミスを犯して来た。我が身の可愛さ故に、こんな事態にまで陥った責任を果たす為に」


 苦しみもがく、当然だ。心が折れる、かかって来い。


 吐き気がする程怖いけれど、それ以上に素晴らしき人達と、世界を護れるのだと思えばなんて事は無い。


「大切な人達が俺を信じてくれているから、俺はこれからも頑張って行ける。彼等が信じる俺を、俺は信じるから」


 怖い、消えたい、死にたい、見たくない。


「正しさと情けなさに頭を悩ませ、光と闇の境界線を見定めて、どちらとも取れず行き過ぎない世界。そんな中途半端な感じが、きっと生きやすい世界だと俺は思う」


 ――――貴様は……既に決めていたのか。恐れを抱いていながら……何故、踏み出せたのだ。


 決まっていたさ。ダンタリオンからキツイ一撃をお見舞いされたんだからな。流石の俺でも目が覚める。


「――――素晴らしい。君の選択が悔いの無いものであると私は願う」


 成長を喜ぶ親の様に、訪れた激突を喜ぶライバルの様にユリウスは両手を広げ待ち構える。


 選択は下した。ならば後は敵らしくぶつかるのみ。


「君が選んだのならば構わない。それでも――――私は自ら世界をより良くする為に、自らの手で神格を滅殺する為に……君という境界を超えてみせる!」


 ただ、ユリウスにとってしても譲れない選択という物はあるらしい。成したいならば俺を倒してからにしろ、要はそういう事らしい。


 無限の力と不変の力を兼ね備え、この世の全てを殺す事が出来るユリウスは間違い無く世界最強だ。


 越えられない、届きもしない。アルの様に回数制限が存在しないユリウスに対し、俺は何もする事が出来ない。


 今のままならば――――。


「知ってるか? 俺達の特聖はどこまで行っても属性に過ぎないんだ。他の六大属性と変わらず、そのまま用いたならばそれだけの現象を引き起こせるだけ……」


 火属性ならば火を起こせるだけ。風属性ならば風を起こせるだけ。


 俺が操る境界だって結局の所は境界線を操っているに過ぎない。


「応用だよ、ユリウス。解釈を変えたり、見る角度を変えてみたり、叩き方を変えたりと……」


「……どうする……? 一体……どうしてくれる……?」


 最大の敵となって立ちはだかっておきながらユリウスは俺の片鱗を待ち焦がれている。


 最早敗北を確信しながらも、振るわれる力は天地宇宙に響き渡る。俺だけを殺す為に、ユリウスという世界が膨張を止めない。


「丁度良い物を見つけた。このコイン、何の変哲も無いコインがこの世界だとする」


 コインを世界に見立てて手の中で転がす。指で弾き、指で滑らせ、矮小な存在であると見せつける。


「お前達がこのコインだとすれば――――俺はこの星そのものだ。言葉だけじゃ信用出来ないだろ? ままではアンタを越えられない。だから俺は超えなくちゃいけない……今の俺を」


 逃げて、嘆いて、目を背けて、自分に嘘を吐き続けて。


 愛を説かれ、現実を叩きつけられた。ようやく気付いた、他者と自身の境界線を。


 向き合った、これからも向き合い続ける。何だかんだ言っておいて、善行が好きで堪らない。良い人には報われて、悪い人には罰が与えられる。


 ――――当たり前の……世界。どちらにも行き過ぎてはいけない……灰色の世界。


 祝え――――弱くて脆い、誰かが居なければ自身に向き合えない――――超越者の誕生を。


「『第二境界・虚海目録セカンドホライゾン』」


 存在の格を境界で無理矢理引き上げる。遥か高みへ、誰にも届かない地平線へ。


 忘れるな、忘れるな、この胸に積もった覚悟を忘れるな。


 思い出せ、消えるんじゃない。何も見えない宇宙の中だろうと、俺には光があるんだから。


 一つ境界線を上げるだけで脳に付着した人間らしさと記憶の全てが消えていく。


 ただの力としての、善行を為すだけの境界ちからに成り果てる。


 俺は誰だったのだろう。名前に意味は無いだろう。俺は境界だ。最強の存在として世界に名を轟かせ、困窮する人々を救うのだ。


 ――――忘れるな、気付く事と向き合う事を教えてくれた彼女達の事を。


「――――分かっているさ。忘れるものか。脳から綺麗に消えた所で……胸に燃える愛情は決して消えないのだから」


 存在としての格を底上げする境界線の応用魔法。これを開発した頃からだろう、自分の存在に恐怖したのは。


 分割していく人格と、何処までも上昇する力の丈に震えが止まらなかった。だから今まで逃げて来た。単純な答えだ――――怖いから。


「――――もう逃げない」


 俺は選択をした。ならば後は勝負ではない。


 単純な格の違い、魔法や特聖という枷に囚われない境界という現象はユリウスの冥界を分別していく。

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