第96話

 燃える、今までの全てが燃えていく。


 俺の唯一の居場所であった爺様の蔵にすら火の手が襲い、城は音を立てて崩れていく。


 上位世界――――【オーバーロード】


 他の次元世界を支配し、国力へと変える事を是とする次元世界。


 従えば永遠の奴隷、逆らえば死が待っている。少なくとも、両親の時代まではそうだったと記憶している。


 イカれていると思った。支配する事こそが生き方だと宣う彼等が。


 そんな思想を掲げていながら親としての愛情を兼ね備えているという事が。どうして普通に泣いて笑って、塵の様に奪えるんだ。


 俺が転生者だと打ち明けた時にショックを受けた様な顔をして、普通に受け入れてくれたんだ。その後、緩やかに迫害をするだなんて器用な真似が、どうして出来るんだ。


 それが生き方だとでも言うのか。お前達は、それでいいのか。


 怖かったんだ、彼等が怖い。


 人間の形をしているだけの支配の権化が怖かった。


 だから俺は逃げたんだ、世界と世界の境界を越えて、たった一人でこの地に逃げて来た。


 けれど俺の前には何度だって障害が立ち塞がった。


 ローレンス、須王、アルにユリウス。誰もが各々の理想を持っていて、俺と言う邪魔者を排除しにきた。


 大切な人達以外は魔法で助けないと言ってはいたが、結局の所、俺は皆の事を助けたいだけなのだ。


 人混みの中で生きればそんな凶刃が俺に向く。俺に向けたならばこちらの物だ。いつでも捻り潰せるから、中途半端に人と関わって来た。


 どっち付かずで境界線の上を行ったり来たり。


 何がしたいんだと言われれば、人を助けたい、本当だ。


 力を使った果てで、ただの力の化身になる事が怖い、嘘じゃない。


 人間としての感情が希薄になってしまっているのも、確実に俺の要素の一つだ。


 世界は分け隔てられていると知っている――――それでも、誰かに寄り添い支え合う事は出来る。


 俺は弱くて、すぐに凹むけれど、皆が居るから戦える。きっとこれからも、永遠に。


「初めて告白してきた時のこと、覚えてるか?」


「――――」


「川に押し倒されて無理矢理キスされてさ、好きだって言われたのに俺は応えられなくて……」


「ま、待って下さい……どうして……いきなりそんな話を……?」


 屋敷の屋根の上でレオナと肩を並べて座る。いつしか語った時と同じ様に、ただ星を見上げながら俺の全てを曝け出した。


「ふむ……今までのあらすじ? ほら、偶にはこんな事もあったなーって話し合う事も大切だから」


「先生……やっぱりおかしいですよ。戻って来てから……十日前から、人が変わったみたいに……」


「レオナの目が肥えてしまった証拠だな。もう少しカッコいい先生にならなければ満足してくれないかな?」


「――――ッ、先生っ!」


 隣に座るレオナが声を荒げる。彼女は本当に鋭くて、いつも俺の事を見てくれているのだと感心させられる。


 嬉しいよ、心の底から。


「何かあったなら聞かせて下さい。弱いですけど……先生の力になりたいんです……」


「分かってる。だから話しておこうと思ったんだ、今までの俺の事を」


「アタシが特聖を獲得したら教えてくれると言ってましたよね? どうして……急に……」


「それはな……色々理由はあるけれど……」


 立ち上がり、少し前へと歩いてから空を見上げる。黒に染まり、星と言う白点に覆われた空は、まだそのままの状態を維持してくれている。


 大切な人と向き合うという事を実践したかったからというのが一つ。


 もう一つの理由は――――。


「これが――――最後になるかもしれないから」


「……最後? それって……どういう――――」


 重力が下へ向かう様に、叩けば壊れる様に、物事の全てがソレを受け入れる様にして空間の隙間が開く。


 絶対的な支配者は黒に開いた白を背に、寸分の狂いなく俺に視線を投げる。


 俺の運命が待ち受ける。もう逃がさないと、必ずお前と添い遂げるのだと。


「じゃあな、レオナ。今までありがとう」


「ま、待って下さい、先生っ――――」


 彼の元への境界線を越える。この世界に開いた時空の裂け目を塞ぎ、宇宙の上で待つ侵略者を……弟と視線を交わす。


 俺が今まで逃げて来た、真に向き合うべき、過去だ。


「会いたかったよ――――兄さん」


「盛大な迎えだな――――レイベル」


 かつて俺が愛した家族が超越支配者として立ちはだかる。


 もう逃げないと決めたから、必ずコイツとも決着をつけてみせる。

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