第85話
「ずーっと思ってたんだ。もしかしたら俺は大切な人達が死んでも何も感じないんじゃないかって」
ダンタリオンの顔面は破壊されるが、やがて元通りに再生される。
ザインは彼女から離れて立ち上がる。既に更地となった我が家を見据えて、虚しくなった殻を嘆く。
「いざ失ってみると……案外どうとでも無いんだな……」
ここまで来る為の道筋で見た死体の数々を思い起こしてみるも、やはり心は動かないとダンタリオンへ振り返る。
「まあ……そもそも失えないのだから、当然か」
「失えない……? この状況からどうするって言うんだ? ザインは今、心を折られて麻痺しているだけなんだってば」
「この状況……この状況ってのは今の……コレの事か?」
鼻で笑いながら指差すのは焼き払われたアストナーク。彼が愛した大切な人達が没した地。完成した地獄を前にコレだけかと言ってみせる。
「お前如きが俺の絶望になるだって? 笑えない冗談だな。ただ発狂させて、殺して、蘇生した所で癒えない傷を俺の大切な人達に与えただけだろう? その程度じゃ駄目だ」
落第生に判子を押す様に、仕方が無い子だなとダンタリオンの頭を何度か撫でる。困惑する彼女は見据える他なく、この場の支配者となったザインは落ち着いた様子で言葉を零していく。
「可愛らしいペットが絨毯に噛み付いた程度だ。代わりを買って元通り……だろ?」
「……アイツらの事なんて眼中に無いって事か?」
「そういう訳じゃ無い。まあ、見せるのが早いな」
そう言うとザインはまたダンタリオンの頭を無造作に掴み、側へと抱き寄せる。
「過去と――――現在の――――境界線」
遡る、惨劇が巻き起こる前まで世界の時は巻き戻される。ザインという楔を超えた存在が世界そのものの時間を巻き取る。この世の事象を司るアカシックレコードすら、この逆行を容認したのだ。
転移する際に用いる境界の力と何ら変わりなく、ザインはいとも簡単に時の逆行という偉業を成し遂げてみせた。
「――――嘘だ」
「嘘じゃない。因みに並行世界へワープしたって線にも期待するなよ? 皆には何も変化は無く、ここはさっきの数時間前だ」
並行世界に関連する事象などとうの昔に収めていると手を振りながら、時間の逆行は初めてかと軽く頭を叩くとダンタリオンは膝から崩れ落ちる。
「懐かしいな……昔は結構こういう事をしてたんだぞ? ただ、この世界に来てからは初めてだけど」
並行世界の尽く、流れる時間の尽く、あらゆる事象に干渉しようとするならば指を動かすかの様に操ってみせる。だからこそザインに敵は居ないのだ。失おうとしても失えない、取り戻そうとすれば何時でも取り戻せる。
好きな物を好きだと言う感性は残っていても、邪悪こそが敵なのだと言える程ザインに正義感は残っていない。踏み躙られた私人の数がどれだけ膨れ上がろうと簡単に取り戻せるからこそ、何一つとして心が動かなくなってしまった。
「それで……誰が……何に成るんだって……?」
「…………」
ザインと同様に時を逆行したダンタリオンは未だに実感する事が出来ず、放心したまま境界の力の巨大さを肌で感じ取る。冒涜的だと感慨に浸るには、もう少しの間だけ時間を置く必要があった。
「ダンタリオンは今までと同じ様に生活を続けて、俺に愛想を振り撒くだけにしておけば良かったんだ。性格からしてみれば好き――――いや、嫌いだな。嫌いって事にしておこう。お前は調子に乗るからな」
完全に呆然としているダンタリオンに呆れる様にしてそのまま放置し、やれやれと屋敷へと戻っていく。旅行から帰って来た体で、何時もの様にリビングへと足を運ぶ。
「あら、おかえりなさいザイン君。予定より早かったですね」
「おかえりー」
「おかえりなさい先生。それじゃあアタシは仕事行きますから、帰ったらお土産話聞かせて下さいね」
「――――」
扉を開ければ何気ない何時もの日常が流れている。朝食を食べ終えたレオナが立ち上がり、和やかな笑顔を向けてくる。
「――――っ」
「わ、わわっ!? せ、先生っ!?」
人間性が欠如したザインは一体何を感じ取ったのか。レオナとロウとリゼの三人を抱き締め、声にならない嗚咽を漏らす。涙の意味すら忘れながら、何故だと自問をしながらも求めずにはいられなかったのだ。
壊れている事を自覚させられた。見て見ぬ振りを続けていた現実を目の前に突き出された。ユリウスは、ダンタリオンは、触れてはならない禁忌に触れてしまった。
失う事は怖くない。気付く事が怖かったのだ。人間性などとうの昔に消え去っているという事実に。ただ人間という平均値を真似するだけの抜け殻なのだと、知らしめられる事が怖かった。
――――向き合う事が……怖かった。
「ザイン……?」
「どうかしましたか? 何か嫌な事でも……」
地獄を抜けたその先で取り戻した日常をザインは噛み締める。やがて企てた者共を一掃するにしても、今だけはと家族の元で愛を確かめる。
皆が困惑する中で、ザインは日常の中へ沈んで行った。
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