第86話

「今回の件……どう説明してくれるんだい……ユリウス」


「やあ、アル。久方ぶりだね、元気そうで何よりだ」


 神聖アモエヌス皇国、宮殿内である謁見の間にて無限と冥界の二人の魔法使いは険しい表情で睨み合う。本来ならばザインが星見台を訪ねて来る頃にアルはこうして宮殿まで足を運び、今回の事件についてユリウスに言及を求めた。


「不意の時間逆行……気になって見に行ってみれば放心したダンタリオンと泣き崩れるザイン君……どうせ君が何か仕出かしたんだろう?」


「この世に蔓延る悪事を全て私の所為にされても困るというもの……。私はまだ何もしていないよ」


「そういう御託はやめにしないか? 僕達は契約者だ。隠し事は無しで頼みたいね」


「本当のことだよ、今回の私にしてみれば何もしていない。時間を巻き戻される前の私が企てた事だ」


 二人の魔法使いはザインに並ばなくとも世界最高峰の実力を備えている。刻まれた存在感は世界の奥深くへ根深く突き刺さり、時間の逆行を感知しているのだ。今回の件を感じ取れた存在は少なく、世界は異常無く廻り続けている。


「ダンタリオンに依頼をしたのだよ、ザインの心を捻じ曲げる手助けをしてくれと。向こうが了承し、どうしようも無い事態に陥ったのだろう」


「ダンタリオンがかい……? 報告によれば彼女はザイン君と仲が良いと聞いたが……」


「愛にも様々な形があるらしい。狂っていると謳いながら絶望になりたかったのか。はたまた、きちんと愛される自信が無かったからこその強行なのか……君はどう見る?」


「相も変わらず……性格が悪い。愛情に付け入るなんてね……」


「そもそも、彼女が乗り込んでさえ来なければ私も態々契約を結ばなかったさ。計画の前倒しにはなるだろうがね」


 問題無い、想定通りだとユリウスは一度瞼を下ろす。そもそもとして、この二人さえ揃っていたならば計画は完遂出来るのだ。


 自殺行為とも呼べる、計画とは名ばかりの代物にしかし、アル自身が賛同しているのも事実。


「……早過ぎる。まだ――――」


「まだ、未練があるかね? 君と私、同じタイミングで手を取り合ったと思ったのだがね。変わらぬ平穏が欲しいのならば、そもそも舞台に上がらなければいいだけのこと」


「殺されるぞ――――感慨も容赦も無く。その気になれば今この瞬間にだって殺られかねない」


「構わないさ。楔は既に撃ち込んである。後は向こう側が気が付くだけだ。それに――――勝つのだろう? 愛と勇気を友にして……」


「承知している。僕が敗けたその時は……契約通り、好きにすると良い」


 苦虫を噛み潰したような不快感がアルを襲う。話をしただけ、対面しただけでここまで神経を逆撫でする人間はそう居ないだろう。


 しかしアルが目指す果てもユリウスに近しい物がある。だからこそ手を取り合い、契約を果たしたのだ。


 禍奏団、新星派首領――――アル=アジフ=アモエヌス。


 最強を手にしながら最強で無くなった彼女は、無限さいきょうを取り戻す為に境界さいきょうに挑む。


 全ては無限の平穏を手に入れる為に。


「時間の逆行とは……どういう事か聞いてもよろしいですか?」


 アルが部屋を後にしたと同時に影に潜んでいたシセロが顔を出す。


「先の話を聞いていただろう? ダンタリオンがアストナークを壊滅させたのだよ。どうしようも無い事態に陥り、境界にて時を超えたのだろう」


「おかしな性能をしていますね……ザインさんは」


 汎用性と桁の無さに思わずシセロは鼻で笑ってしまう。


「逆に何が出来ないのでしょうね」


「さてね……。所で、シセロは時が遡る前にザインへ警告をしに行っていたらしいね。何か心当たりは無いのかな?」


「私が……ですか……?」


 顎に手を当て思考するも行き当たる答えは一つしかない。自らが所属する組織の首領が実行した計画に反逆し、せめてもの情けを掛けてあげること。


「性格の悪い貴方の計画に嵌るザインさんが可哀想だと思ったのでしょうね」


「はは、これは手厳しい……どうやら私は皆から嫌われている様だ……」

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