第83話

「『断空閃テンペストルーツ破ノ型レベルB』……!」


 翡翠の魔力が空間を奔り、レオナ自身にも風が付与される。急造の左腕を更に補強し、二本目の剣型魔力を握り締める。


「レオナ……レオ……ナァ……!」


「大丈夫……大丈夫だからね。ロウは何処かに隠れてて……」


 既に断ち切られた堪忍袋の緒を形だけでも繋ぎ直し、表面だけの薄い笑顔でロウを宥める。


 ロウが離れるのを見届けた後、レオナは振り向きながら立ち上がる。最早怒りは止められない、目の前で故郷を奪われた彼女は何があってもダンタリオンを許しはしない。


「どうして……こんな事をした……」


「どうしてこんな事をしたー。ハッ、ツマンネェ事聞くなよ。オマエに言った所でだろ」


 どこまでも人を見下した悪魔はほくそ笑みながら爆発する触手を撃ち放つ。呆れとは程遠い、完全に見限った目で落胆し、ダンタリオンの胴体を両断する。


「はっ――――やっ……!」


 序から破へ、純粋な強化を齎したザイン特製の魔法。その速度を何倍にも増加させ、レオナの肉体を風が運ぶ。


 切れ味は言わずもがな、レオナの姿はダンタリオンでは捉えられないレベルにまで押し上げられた。気付かれずに背後へと回り込み、細切れになるまで剣を振るう。


「吹き荒べ――――■■■■ハスター


 存在すらあやふやになり始めたダンタリオンの影から君臨するのは黄衣の王。風にまみれた触手はレオナを狙うが、既に彼女は遠く離れ、攻撃範囲から離脱していた。


「ゴメンねハーちゃん、ちょっと相手してやって」


 ただの黄色の布から触手が伸び、人の形を取って浮遊している。頭部がある筈の部位には何も伺えず、黒い空洞だけがレオナを見つめるばかり。


「そんな雑魚程度で止められると思うな……!」


「雑魚じゃないんだなぁ、コレが」


 微塵切りと成り果てたダンタリオンが肉体を再生しながらほくそ笑む。


「むかーし、昔……人類から否定された狂気由来の神格共だ。あんま舐めてると、その程度の奴に殺されるぞ?」


「――――ッ!?」


 視覚化された黄色の風が吹き荒び、空間に付与した魔力がズレる。人体を切り刻む威力を持ちながら、速度はレオナと並ぶ程の力。


 唯一レオナが避けられているのは攻撃が視覚化されているからというだけである。


「ふざけんなよ……ふざけんじゃねえぞ……塵屑がァッ!!」


 回避に専念をすればどうという事は無いだろう。時間を掛ければ何れレオナの剣は風の怪物に届くだろう。


 だが、既にレオナは自身の命を諦めている。腹部と胸部の多くを損傷し、脚部すらボロボロだ。失くなった左腕は付与された風で何とか出血していないだけ。


 故に彼女は命を諦め、必ず悪魔を地獄へ堕とすと覚悟を決めた。


「ズッ――――オオォォォォォォッ!!」


 致命傷にならない攻撃は全て体で受け止め、真正面から剣を叩き付ける。レオナが出せる手札などその程度しか存在しない。力の限り、空間に付与された翡翠色の剣を用い、何度も何度も斬り刻む。


「……で? 誰が、何に……殺されるって……?」


 まさに秒殺。肉体に刻まれた裂傷を風で圧迫し、振り返る。


「力を失ったからって一応神格だぞ……? 何時の間にトンチキ野郎になったんだ? オマエは雑魚代表かと思ってたのに」


「……みんな死んだぞ……キャロルはアタシを庇って……シルヴィアさんと団長は他の人を守って……お前と、お前の連れに殺された」


「返してくれって言ってんのか?」


「――――殺してやるって言ってんだ」


 実体剣と風の剣を握り直し、正面からダンタリオンへと立ち向かう。


「咲き誇れ――――■■■■■■ガタノトーア


「洒落臭えッ……!!」


 灰色に塗れた像の様な触手の塊はレオナの剣に一閃される。だが呪いの手土産だと言わんばかりに、残された右腕は指の先から石化していく。


「クソッ……!」


 染まる様にして固まっていく指先を手首の部分から斬り飛ばす。即座に風を付与し、手を形成するが、その隙にダンタリオンの触手を横腹に受けてしまう。


「……ッ! アタシ等と一緒に過ごした時間に……何も感じなかったのかッ! 気まぐれで簡単にブチ壊せる程度の物だったのかよッ!」


「ああ、ホントはこんな事したく無かったんだよ……とでも言えば許してくれんのか? ここまでやったんだ、時間は戻らないし、ここからの逆転劇も在り得ない。街一つ潰されて、まだオレと語り合いたいってぇ?」


「名残惜しいって……思わないのか……」


「レオナは……思ってくれてるのか……?」


「――――バカヤロウがッ!!」


 二本の剣と鋭い触手が正面からぶつかり合う。説得して円満に終わるという領域を飛び越えたダンタリオンをレオナは決して許さない。だから殺すと体は動くが、心はどうしても理由の方を求めてしまう。


「オレ達は遠い過去に消え去った。人類の敵だと貶されて、人を蝕んでしまう存在性故に消滅を願われたんだ。触れてはいけない者共を、皆はまとめて冒涜と持て囃した」


「何を――――」


「有能で小回りが利いて、人類に頭を下げなきゃオレはすぐに信仰心を失う。笑えるだろ、オレは旧い神格と今の人類を繋ぐ唯一の架け橋なんだ。生まれながらにして人類の味方を担うってのは……息苦しいもんなんだ」


「クソッ……!」


 言葉を放ちながらも一切攻撃の手は休まらない。それどころかレオナは徐々に押され始め、ダンタリオンが優勢へと返り咲き始めた。


「いや、笑えよ。笑い話って言ってんだろ」


「チッ、ウルセェよ馬鹿野郎ッ! だからどうした! 家族を捨ててまで、何がしたかったんだよっ!」


 人類の味方で無ければ、人類にとって有益で無ければ、そもそも存在すら許されなかったダンタリオン。神話と現代の間に定められた冒涜の存在理由は彼女の中で未だ根深く疼いている。


「――――窮屈なんだよ、何が人類の味方だ。オレはこうじゃないんだよ。自壊するぐらいに敬える、そんな冒涜ひかりに身を捧げたいんだ」


「……先生か」


「ツンデレメンヘラ、優柔不断に死んでるオスと……人間的には欠陥だらけのザインだけど、力としては規格外だ。そんな奴をオレの手で歪められたなら……本望だ」


 ――――いずれ世界を壊してくれれば、それでいい。


「させるかよ……先生は渡さない……! オマエ如きが手に出来ると思うな!」


「手に入れる訳じゃ無い……白い紙に黒い染みを描き足したいだけなんだ……」


 人類を怨んだ呪いの悪魔が、抑え付けていた過去の遺産が遂に爆発した。境界という世界への冒涜がダンタリオンを縛っていた枷を微塵に砕いたのだ。


「とっとと楽になれ……レオナ」


 気まぐれだ、人間など愛していない。だが、僅かに震えた声音には確かに愛着がこびり付いていた。彼女にしても無意識だったそれを、レオナはどうしようもなく感じ取ってしまった。


「アタシは死なない……その前に、アンタも一緒に連れてってやる……!」


「……ハッ! 嬉しい事言ってくれるねェ……」


 レオナの中で既に家族となってしまった冒涜の為に、街の全ての仇の為に、奥歯を噛み砕きながら愛を以てダンタリオンへと突き進む。

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