第82話

 背後に滞留する触手を渦巻かせ、緋色の炎を背負ったロウと相対する。ロウの攻撃手段はただの炎を飛ばすのみ。


 隙間時間でザインに魔法を教わっていたとしても、それはあくまでC級の物ばかり。戦闘に関しての魔法は当然ながら多くを教えておらず、簡単な火を出せる魔法のみ。


 故にロウはこの状況下に於いて煉獄という力の渦に頼る他無かった。内に渦巻く特聖を無理矢理に吐き出しながら、ロウの人格は蝋燭の如くに融け落ちる。


「イイネェ! 随分立派になったじゃねぇかよロウ!」


 対するダンタリオンは至って万全の状態にある。


 そこに在るだけで人の精神を汚染する彼女は回避に専念するだけでいい。たったそれだけでロウは次第に力尽き、人間として壊れてしまうのだから。


「まっ――――そんなツマンネェことしねえよ。ちゃんとこの手で始末してやるから」


「うっ――――うぅ――――!」


 炎を発生させる攻撃の間にある隙を突き触手を叩き込む。腕を根こそぎ吹き飛ばし脳髄を貫き地面と縫い付ける。


 ロウの体は一度だけビクンと大きく跳ね、次第に煉獄の炎は彼女の内へと鳴りを潜める。


「戦い方がなってないよな。これも材料にして精神攻撃してみるか。ザインがロウにもっと魔法を教えていれば……みたいな感じで――――」


「うぅ――――ウゥゥ――――」


 ロウを見下ろし勝利の余韻に浸るダンタリオンは呻き声を聞く。それは他の誰でも無い、ロウのものだった。


「……おいおい、マジか……?」


 少女の小さな脳はダンタリオンの触手に潰されている。頭部すら破壊されているというのに、ロウは喉だけで威嚇の産声を鳴らしているのだ。


「ハァ、最悪……」


 未だロウに突き刺さっている触手を爆発させ肉体ごと四散させる。歪な形に切り分けられた臓物は屋敷の炎と同化し緋色に照らされた。


「これじゃ原型無いじゃん……使えなくなったし。どうすっかなぁ……思いっきりリゼを飾り付けるか……レオナの死体あたりを持ってくるか……」


 純粋な火の熱では無く、象徴的な力を引き出す。今際の際へと堕とされながら幼いロウは願うのだ。守れる力と、再生の化身を。


「火とは人と共に在り――――照らせ、『再火』」


「――――マジかよ」


 呆れるのでは無く、本気の困惑。今までロウだった肉体は燃え尽き灰へと還っていった。


 代わりに現れた現象は緋色の灯火。灰に灯ったと思った次の瞬間、一気に燃え盛り、ロウの体を再生させた。


 ダンタリオンが対面したのは新たなる特聖の誕生。


「覚醒って言っても、誰がここまでやれと言ったよ……」


 いいや、これは最早誕生などでは無い。性質を無理矢理に書き換えた反転、又は再誕。同じ存在であるにも関わらず、全く別の力となって表れた。


 何れにせよロウの人格は元に戻り、彼女に適した力となって舞い戻って来たのだ。


「落ち着こう、話せば分か――――」


 話の腰はロウの蹴りによって圧し折られる。


 顎を蹴り抜かれたダンタリオンの体は空高くへと飛び上がり、滞留していた触手すら置いて行く。


 攻撃力の殆どを失った火を推進力へと昇華し、宙に浮かんだダンタリオンを四方から蹴り潰す。


「んッ――――なろうッ!」


 八度目の蹴りが加えられる寸前、触手で受け止めながら思い切り地面へと投げつける。


「あぁ――――くぅっ!?」


 ダンタリオンは落ちゆくロウに触手を千切り投げ飛ばす。蠢いたソレ等はロウの目前で爆発し、肉体と精神の両方にダメージを与えていく。


 爆発の推進力に押され、屋敷をクッションにする様にして地面へと接触する。肉の弾丸と化したロウの四肢はあらぬ方向に折れ曲がるも、土煙越しに灯った火によって一瞬で再生してしまう。


「狂い揺れろ――――■■■■■クトゥルフ


 重力に身を任せたダンタリオンが地上に向けて濁流を放つ。触手の影から覗く新たな怪物は未だに待機し、奥から外敵を警戒している。


 屋敷を丸々飲み込む濁流にロウの体は磨り潰され、柱の様な跡となり建物を貫く。二本、三本と追加で放てばそこを起点にロウが駆け上がってくる。


 濁流の中でさえ火の推進力は止まる事は無い。再生と噴射の両方を高い水準で保ちながら火を纏った拳をダンタリオンの頬へと叩き込み、同時にロウの拳も砕け散り鈍い激突音となって周囲に響く。


 ダンタリオンはノーガードで顔面に拳を受け、後方へと飛ばされる隙にロウの体を触手で掴む。自身の推進力に飛ばされ、二人は同時に地面へと突き刺さり火と水が渦の様に入り交じる。


「ウッ……ウゥ――――ウゥゥッ!!!」


「ぐえっ、かはっ、あいたッ!」


 ダンタリオンを鎮めるべく、ロウは何度も顔面へと拳を落とす。ダンタリオンが背にする地面は抉れ、砕け、ひび割れる。意識を刈り取る為の拳はやがて虚空から現れた触手により中断され、濁流と共に投げ飛ばされる。


「おえっ……お返しだ、ありがとクトゥちゃん。ついでにやっちゃって」


 水を司るダンタリオンの眷属は影からその巨体を露わにする。体表に緑の苔が生い茂り、口元からは無数の触手が這い出る巨体な蛸型の化け物。屋敷全体を圧し潰すべく、怪物は肉体と水を躍動させロウに圧し掛かる。


「スイッチ――――『煉獄』!」


 緋色の火は反転し紅の炎が姿を現す。移動と回復に重きを置いたロウの火は鳴りを潜め、裏返った筈のローレンスの炎が怪物を埋め尽くす。


 物理攻撃が効く相手ならば煉獄はこれでもかと力を発揮出来る。腐っても攻撃性能に特化した特聖は絶対熱を以てして対象物のみを融け堕とす。


「マジかよ……驚かされっぱなしだな……」


「ハっ……ハァッ……! スイッチ――――」


「おおっとダメダメ。そのままにしとこうぜ」


 仰向けに倒れ伏すロウの体を触手で縫い付ける。幾重にも束ねた触手は何れ少女の小さな体を覆い尽くし、外界から遮断してしまう。


「ほらほらぁっ! 再火でそれから逃げられるかぁ!? 破壊力が無いとなぁ……だろぉ!?」


 触手は少女の肉体など簡単に圧し折り、四肢を容易に捥ぎ取る。このまま煉獄を用い続ければ肉体だけでなく、ロウの精神すらも融け落ちてしまう。命と精神の限界の警鐘を耳に入れながら無我夢中に触手を燃やす炎を放つ。


「――――はい残念、触手は消えまし――――ぐえぇっ!!」


 全方位に放った炎は触手を焼かず、ダンタリオンが虚空へと仕舞ってしまう。だが炎は既にロウの手元を離れ、触手の代わりに焼かれるのは周囲の環境だ。


 これが煉獄を使いこなす魔法使いならば炎は消され、対象でない物を焼きはしないだろう。だが、魔法など素人同然のロウが、命の危機を感じて放った炎は曖昧な対象と共に屋敷を、アストナーク全体を炎で包む。


「あっ…………うそ……」


「おぉ……痛え……ったく、ストック一個消えたぞ。何百年物の命だと思ってんだ……よっ!」


 目の前の光景に顔を覆い隠すロウの頭を掴み、未発達な人格に見せつける。


「凄い勢いで燃えたな? これを誰がやったと思う? ロウだよ、オマエだ。今ので何人死んだかなぁ……炎で囲わなければ街から逃げられた奴も居ただろうになぁ……悪い子だなぁ……」


「うそ……うそ……ダ、ダンタリオン……うそ……だよね……?」


「ありきたりなセリフだな。こんな時にオレに縋ってどうするよ……そのままじっとさえしていればザインが助けてくれるから――――」


 一陣の風が二人の間を駆け抜ける。あまりの速さにダンタリオンは目で追えず、気が付けばロウと共に掴み上げた腕が何処かへ消えていた。


「全く……セリフを遮られてばっかりだ……!」


 噴き出した血液を見下ろした瞬間に切断されたと自覚をし、襲撃者を見つける。


「何やってんだよ――――テメェ……!」


 吹き飛んだ左腕には付与された風が覆われ、片腕で剣と共に錯乱したロウを抱き上げる。激昂したレオナは満身創痍の状態で敵となってしまったダンタリオンに殺意を投げ飛ばす。

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