第79話

 星見台を抜け、アモエヌスの街並みを歩く。


 人と神格、あらゆる亜人族が道を行き交いながら賑わいを見せている。人に必要な知恵と力を神格が補い、神格に必要な信仰心を人が担う。溜め息が漏れてしまいそうなバランスで成り立つこの国が非常に羨ましく、尊敬の念を抱かせてくれる。


「良い街だな……」


 夕焼け空に照らされた建造物は緋色に燃えている。痛く幻想的な風景は俺の目に焼き付いて暫くは剥がれそうにない。


「お土産でも買って帰ろうか……いや、まあ明日でもいいか」


 一週間程度離れていた屋敷を思い起こす。ここでは流石に目立ち過ぎてしまうと考え正門を目指し、境界線で帰る算段を立てる。


「それにしてもデカい雰囲気だよな。無限しか見えないんだから」


 この街に入って以降、アルの特聖以外の全ては俺の認識から外れてしまった。元から巨大な力だとは思っていたが、ここまで近づくと俺にまで影響してしまうのだと発見出来た。


 もしもいつの日か、彼女が俺と肩を並べてくれる日が来たならばと心待ちにしてしまう。


 こうして振り返ればヘレルとの旅も悪くない物だったと言えるだろう。随分と厄介事に巻き込まれはしたが、新たな友も出来たのだ。リフレッシュ休暇は十分とついつい鼻唄交じりに街を歩いてしまう。


「……? 何か……変……なのかな?」


 そんな中に僅かに混じる違和感。理想郷の様なこの街に何か異物が混入している様な、それでいて異常など無く至極まともな様な、違和感と呼ぶにはあまりにも弱すぎる。


「アレ――――は……」


 人々が行き交う街中で俺は一人の影を見る。比較的知り合いが少ない俺だが、彼女の容姿については鮮明に覚えている。以前、俺の屋敷に何故か侵入出来た敵対者。死んだ筈のシセロと名乗る女性が人混みの中から覗いていた。


「ま、待て――――!」


 日常的な光景から一転、モノクロの女性が一瞬で姿を掻き消す。今のは見間違いか、それとも疲れからの幻覚か。


 シセロが扱うのは闇属性の魔法だ。影に潜り込み、気配を掻き消す。いいや、先程使用した物は気配では無く存在感を、肉体ごと影に飛び込み転移する魔法の様だ。


 彼女に対して良い印象など微塵も無い。以前出会った時の事がどうしても脳裏でチラついてしまうのだ。彼女が足止めをしたからこそ、俺は須王の襲撃に気が付けなかった。


 星見台、エルジートライ、酒天の迷宮。境界線から覗き込むが異常は無い。この胸のざわめきが気のせいだったと思わせて欲しいと、最後にアストナークの様子を伺う。


「――――――――」


 目の前に広がる光景が理解出来ず、そのまま境界線を越える。


 座標、アストナーク。間違い無いと何度も確認する。


 視界に広がるのは赤、紅、朱。燃え盛る炎に巻かれ、アストナークの全ては炎上していた。黒煙が立ち込め、腐った死骸の臭いが鼻につく。


 その中央――――暗い触手が渦巻く俺の屋敷からは膨大な冒涜の気配が零れ出ている。空を掴んで離さないソレ等の主を、俺は良く知っている。


 むせ返る様な炎の中を一歩ずつ前進し、その度に何か良く分からない生物の臓物を踏み抜く。焼け焦げた生物はこの世ならざる物であり、人々が知ってはいけない狂気の世界。


 大通りを歩くとシルヴィアを見た。口内から銀色の槍で串刺しにされ、股座を抜けて地面に縫い付けられていた。


 噴水広場へと向かう途中でエイプリルを見た。四肢を無造作に引き千切られ、顔面の皮膚が削ぎ落とされ、塵をポイ捨てでもしたかの様に路地の方へと投げ捨てられていた。


「あ――――あぁ…………」


 噴水広場でキャロルを見つけた。辛うじて息がある彼女は苦しそうに手を伸ばしている。彼女の意図を汲み取れないままに俺はそれを掴んでみる。


「ザイ…………あぅ……でぅ……おぉぇ?」


 『ザインさんですよね?』。地面に膝を突き、まだ無事のままでいる右手を指でなぞる。


 肉体の前面が吹き飛び、内臓が零れない様に岩の鎧で縁取っている。焼け焦げた歯から言葉にならない音を鳴らし、力無く俺の手を握りながら、力の限りの祈りを込めて。


「――――たすけて」

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