第77話
「なるほど、色々と魔法を創っている訳だね。生徒も居ると……中々充実しているらしい」
「そんな大それた事じゃ無いよ。人里離れた場所でスローライフを送っていたら……随分と家族が増えてた……。俺は幸運だよ、色々悩みも増えたけど……それでも毎日が楽しい」
どれ程の時間を語っていただろう。魔法の運用方法から身に染み付いた小さなコツまで、今まで魔法と向き合ってきた事の全てを出し尽くしてしまった気分だ。アルと俺が同等の存在だとは言わない。だが、間違いなく、この世界で俺に一番近しい存在が彼女だ。
「頂点に立つ者には挑戦者が尽きないものな……昔は僕もそうだった」
「昔は……? 今は、違うのか?」
「称号と、名声と、立場がね、昔は煩わしいと思っていたけれど……それらが今の僕を守ってくれる」
「確かに、君に喧嘩を売って勝てる相手は居ないし……国と戦うも同然だしな」
俺よりも僅かに幼い肉体で、俺よりも遥かに立派なアルを心から称える。彼女は立場と現状を受け入れ、この国最強の戦力として、抑止力として在り続けているんだ。
「俺は……そういうのを怖いと思うんだ。力と責任を両立するのは立派だと思う、本当だ。けど、人が背負うには重すぎる。いくら特聖に至った魔法使いだとしても、人間なんだから凹むし折れる」
「ふふふ……君は強い人の味方なんだね」
「いや別にそういう訳じゃ……でも、そうとも取れるよな。俺はただ、正義に向かった人が報われないのが厭なんだ。行き過ぎた正義は人を壊すから……だから俺も……」
ふらふらと、何処へも行けずに、人生という迷路に迷っている最中だ。自分が何者なのかも自覚せず、こんな所まで歩いてきてしまった。
「アル……君の事を教えてくれないか? 魔法が関わっていない部分の……アル自身の事を」
「僕かい? 改めて聞かれると恥ずかしいな。別に大した事では無いよ?」
期待しないでくれとアルが視線を毛糸から逸らすが、視線だけでどれだけ興味があるのかを語ってみせる。
「ハァ……よし、分かったよ。まずは……そうだな――――」
――――
現代から昔、ザインが生まれるよりもずっと昔の小さな村にアルは生まれた。何て事の無い少女で、皆よりも少しだけ魔法に興味があるだけの普通の女の子だった。
平和な村で平穏な日常を過ごす。村に住まう者達は家族の様に温かく、団結し、助け合いながら生きていた。
そんなアルに他とは違うものがあるとするならば、星を見るのが好きだったという事。遥か頭上で煌めく星に毎夜欠かさず見惚れていたのだ。この光の網を抜け出した先に何があるのかと、幼いアルは疑問を持たずにいられなかった。
平穏な日々の中で小さな疑問を抱ける現状に幸福感を募らせ、何時もの様に星空を見上げていると声を掛けられる。
「貴女は星が好きなのかしら?」
「うん。お姉さんも?」
「ええ、大好きよ。みんなが我の子で、みんなが我自身なのだから」
「……?」
黒い髪を更に深い深青色に染め上げて、地上に降りた星空は……現代ではヘレルと呼ばれる星の神はアルの頭を優しく撫でる。
「貴女は今の自分が幸福だと思う? 隣に居る人達を大切だと言える? この世界の事が……好き?」
「う、うぅん……えっとね……好き……だよ? みんな好き……かも」
「ふふふ、少し難しかったかしら」
ヘレルは手を伸ばしアルを抱き上げる。小さな悲鳴を漏らすよりも早く、女神は幼い少女と共に空高くまで墜ちていく。空と星の境界線で照らされた景色は今もアルの脳に焼き付いて剥がれない。
「うわぁ……うわぁ……! すごいよ……すごいよ女神様!」
「心と向き合いなさい。魔法を学びなさい。そうすれば、世界を守れるぐらい強くなれるのだから」
既に過ぎ去った神話の時代の一幕に新たな絆が紡がれた。アルとヘレル、二人の出会いはまさしく奇跡であり、この出会いこそが彼女を無限へと至らせたのだ。少女が願った祈りこそは至極単純、ヘレルに言われた通りに自身と向き合ったからこそ気が付いた、無限の本懐。
――――この平穏よ、無限で在れ。
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