第72話

「驚いたでしょう? これこそが我々新星派にのみ赦された融合魔法――――『創星クオリア』」


 まるで神話に出てくる女傑そのものだと言わざるを得ない。竜の眉間から乗り出した彼女は雄大に手を広げ挑発してくる。


「当人の同意が要るのだけれど、そこは私の腕の見せ所よ。融合した私達の力は何倍にも跳ね上がってるの」


 力が何倍にも跳ね上がっている。その言葉に疑問符を浮かばせながらグレモリーを見やる。


 俺からして見れば力が倍では無く、能力の全てを共有しているだけにしか見えないのだが。


「幾らぼうやが強かろうと、私の前では赤子同然……さあ、夢見心地のまま――――」


「少しいいか?」


 決めゼリフを邪魔されたからなのか、グレモリーは少しムッとした表情を見せ腕を組む。


「……何かしら?」


「その……創星……だったか? 凄く効率が悪いみたいだけど……どうして使っているんだ?」


 敵に塩を送る様で悪いが、これだけは見過ごせない。


「効率? 一体何の話をしているのかしら」


「ただ能力の共有化をしてるだけだろ? それに、アンタという不純物が混ざっているからリヴァイアサンの力も若干落ちているし……操れるなら融合をしなくてもいいんじゃないかと……」


 そもそも、どんな意図があってこんな魔法を組み立てたんだ? 非効率極まりない。無駄が多すぎるというか、ただの弱体化にしか見えない。


「ふんっ、何を言っているのかしら。この身に奔る力を感じないというの?」


「リヴァイアサンと魔力を共有しているだけだろう? メリットはその程度なのか? 一生離れられないにしては返ってくる物が少ないと思うけど……」


「……一生……離れられない……?」


「いや、だってそうだろ? そんなに絡まっているんだから、そのつもりなんだと思ってたけど……」


 傀儡の権能と水属性が歪に交わり、並の魔法では解除出来そうに無いぞと率直に伝える。


「一生を捧げるにしては随分と非効率的だなと――――」


「黙りなさい。何を知ったかぶっているの? ぼうやは結局私の虜になるのよ? 可愛くないお口は――――閉じちゃいましょう」


「いや効かないってば」


 以前酒天の迷宮を襲撃した男達が持っていた宝玉の出所が彼女なのだろう。レジストでは防ぎ切れない所を見ると、流石は本家だと言わざるを得ない。

 

 境界線で遮断し、傀儡の妖光は宙で完全に静止される。


「…………え?」


「最近はよく禍奏団に襲われるからな、アンタにも聞いておこうか。滅殺と新星のリーダーは誰だ? 教えてくれてもくれなくても、ここで捕まえるだけだけど」


 グレモリーは未だに目の前に広がる現実が受け止められないと目を丸くし、視覚化された傀儡の権能で留まっている。今まで力に絶対的な自信を持っている者ほど、規格外にぶち当たった時の衝撃は尋常じゃない。


「上の空になるのもいいけど、このまま拘束するぞ? 悪役として何か言い残したい事でもあるんじゃないか?」


 グレモリーの頭を掴み上げ、混ざり合った二つの性質を境界で引き剥がす。目まぐるしい状況の変化の中、ようやく彼女は自身の敗北を確信してくれた様だ。


「どうして……解除出来ないって……言ってたじゃない……」


「それでいいのか……? 俺が普通の魔法を使っても解除出来ないだろうなと断じただけだ。境界を使わなければ分断出来ないからな」


 一糸纏わぬ女性らしい体を持つグレモリーを少しだけ気使い、視線を上の方にやる。リヴァイアサンを一瞥し、静かに頭を項垂れている様子を見て一先ず安心する。


「まったく……映えない絵だな」


 頭を鷲掴みにされたまま、意識を飛ばしたグレモリー。数日前からスタンバイし、折角水の都を舞台に待ち伏せていたのだろうが、この程度では何て事無い。


「さてと……君は大丈夫かな、リヴァイアサン君」


 未だに項垂れているリヴァイアサンの額を撫でる。湖を縁取っている水の柱は徐々に鳴りを潜めだし、事態は終息へと向かう。


「――――」


「うわっ、ちょっと待てって!」


 リヴァイアサンがいきなりの躍動を見せ、水と一緒に俺の体も湖の底へと沈められる。敵意が無かったからありのまま受け入れたが、随分と心臓に悪い。


「――――」


「はは、くすぐったいってば!」


 彼、ないし彼女は操られている最中の記憶があったのか、全霊の感謝を込めたボディランゲージをしかけてくる。瞼をきゅっと下ろし、可愛らしい顔を浮かべながら俺に眉間を擦り付けてて喜んでいる。


「そろそろ戻らなきゃだから、ごめんな」


 リヴァイアサンはシュンと視線を下ろす。何度も眉間を撫でてやるが、寂しそうに視線を向けられ、別れを惜しむ様に鳴き声を聞かせてくる。


「最近は何かと擦りつかれる事が多い気がするな……」


 見上げられる様な水竜の視線はどうしてもヘレルを連想させる。名残惜しそうに距離を取り始めるだけ、彼女よりはまともだなと安堵し、最後に大きく撫で付ける。


「じゃあな、近くに寄ったら顔を出すよ」

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