第71話

「ごめんなさいね、今日は閉店なのよ……」


「そ、そんなぁ……!」


 エルジートライに到着してからというもの、既に三件目の閉店。昼を過ぎている時間帯だというのに、何処の店も戸を閉めてしまっている。


「どうしたんだろ……有名な店まで閉まってるし……」


「うえぇぇぇん……嘘でしょぉ……! 楽しみにしてたのにぃ……!」


 エルジートライの石造りの路面を歩く。世界最大の湖を壮観であるものの、折角の魚料理が食べられないとなると少しだけがっかりだ。


「譲ちゃんたち、旅行の人かい?」


 湖の方から歩いてきた漁師から声を掛けられる。荷物は少なく、湖の様子を見に行っていただけなのだと予想出来る。


「はい、何処のお店も閉まっていて……何かあったんですか?」


「ああ、最近どうも不漁続きでなぁ。前までは毎日バンバン釣れてたんだけどよ、今日も小魚一匹掛からなかったんだ」


 漁師の男は湖に視線を投げ、俺達も釣られる様にして湖を見下ろす。確かに流れる魔力の色がおかしいというか、不純物が混ざっている様だと感じ取れた。


「もしかしたら旅館の方も危ないって話だしな。なんでも、リヴァイアサンの体調が悪いんじゃねえのかって話まで出てる」


「そういえば湖の中に住んでるって話を聞きましたね」


「ね、ねぇ……もしかして……お魚……無し?」


「ま、まあ……無しって事はないんじゃないか……?」


「厳しいんじゃねえか……? 俺の知り合いも大分店閉めてるみてえだしな。まっ、他から取り寄せた料理があるし、食い物事態はあるから心配すんな」


 漁師の男はそのまま手を振り俺達から離れていく。それと同時に左手に掛かる重圧、目を向ければヘレルが泣き出しそうな顔でこちらを見上げていた。


「サーモン……ウナギ……本マグロ……は……?」


「……ちょっとだけ様子を見てみるから……泣くなよ……」


「泣いてないもん……」


 ヘレルに機嫌を損ねられてしまっては面倒極まりない。俺もエルジートライの魚料理は気になっていた事だし、少しだけ様子を見るだけならと思い湖の畔まで下りていく。


 湖は薄緑色に汚れており、魔力が目に見えて淀んでいる。奥に目を凝らせば魚は確かに居るのだが、全てが岩場の陰に隠れており、何かに怯える様にして一ヶ所に固まっている様だ。


「きったなぁ……くっさぁ……何これ……どうしてこんなに汚れてるの……?」


「リヴァイアサンが綺麗に浄化してるって話だよな。見た所、活動をしてないみたいだけど……」


 更に奥へと目を凝らす。流石は世界最大の湖、深さも尋常では無い。奥の奥、最奥を探知魔法で覗くと確かに巨大な反応が示された。


「……? 何か……混ざってる……?」


「混ざってる? なにが?」


 巨大な水属性の生物は確かに存在している。だが、属性の波に何かがこびり付いている様だ。糸と糸を無理矢理絡め合わせ雁字搦めになってしまっている。違う存在同士が結びつき、並大抵では引き剥がせないだろう。


「リヴァイアサンの中に何かが――――いや、来るみたいだ。離れてろ」


「来るってな――――」


 ヘレルの体に触れない様に防御魔法を張り、最低限の安全を確保する。


 それと同時に湖が弾けた。文字通り、湖の畔から切り取る様にして中身の水が空へと引っ繰り返される。街全体を飲み込まんとする水流を束ね水柱として形成し、自身の体と共に空へと打ち上げる。


「誰だ……アンタ」


「おーっほっほっほっ!! お初にお目に掛かるわね、境界のぼうや」


 水柱の中にある空間にソイツは現れた。水の青と同化する鱗、ウナギの様に尾長の躰。紫に濁った目には何も映しておらず、動作には死後の静謐ささえ見せていた。体長は優に百メートルは超えている。これこそが水竜リヴァイアサンの姿なのだろう。


「私は傀儡の悪魔グレモリー。この子は既に私の虜よ」


 リヴァイアサンの眉間に声を上げる女性がいた。赤茶色の長髪に紫の瞳。上半身に布を纏わぬまま、下半身はリヴァイアサンと完全に同化していた。


「貴方も……直ぐに虜にしてあげる」

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